最近の丸井は、すぐ嘘をつく。同じ部の仁王の受け売りなんだろうけど、まったく迷惑な話だ!


「真田が、お前の事好きらしいぜ!」
「はいはい」


話を流すのも慣れたもの。無視して小説を開くも、今日の丸井はしつこい。
わたしの手から本を奪い取って、顔を近づけてガムを膨らます。


「グレープくさい!」
「今回のはマジ」
「その台詞、もう10回くらい聞いたよ」
「もー!信じろよ!マジだって!」


丸井は立ち上がって、面白くなさそうに床を蹴った。
丁度用事があって丸井を訪ねて来たらしい桑原から声が掛かったものだから、丸井はつまんなそうな表情のまま消えて行った。
やっとうるさいのがいなくなったかと思えば、丸井は懲りずに桑原を捕まえて戻って来た。


「しつこいなぁ・・・丸井ってば、すぐ嘘つくんだから」
「今回だけは、ちょっとマジで聞いて!な、ジャッカル。真田、が好きだって言ってたよな!?」
「げ。俺は知らないぜ・・・」


桑原は面倒事に巻き込まれるのを避けようとしたに違いない。
そうだと言えば真田に怒られ、違うと言えば丸井に怒られる。
相変わらず不憫すぎる。


「くそっ!聞けよ!」


わたしは面倒になって、授業が始まるまでトイレにでも篭る事にした。
丸井は追いかけて来たけど、トイレに入るのを見て流石に諦めたらしい。
安心出来る場所がトイレだけって、どうなんだろう・・・。まったくもう。丸井のバカ。
真田が、わたしなんかを好きなわけないじゃん。















「お前さんが委員会の仕事引き受けるなんて、珍しい事もあるもんじゃ」
「仁王にだけは、言われたくない!」


学校祭実行委員。何故かわたしはそれに選ばれてしまった。
何故って?クラス中の陰謀で押し付けられたんだよ!多数決でほぼ全員わたしに手上げたもんね!イジメだ!
不機嫌なわたしを、仁王は楽しそうな表情で見つめていた。
去年同じクラスだったからわかるけど、仁王がこんな委員会やってる事の方が絶対に珍しい。
どうせ明日になれば出席しなくなるに違いない。


「委員決め終わらないと帰れないから、立候補したんでしょ?」
「お、鋭いのう」
「やっぱり!それで明日から来なくなるんだ」
「チッチッ。理由はそれだけじゃなか。面白いもんが見れるかと思ってのう」
「面白いもの・・・?」
「ほうら、来た」


仁王はニヤリと笑うと、席を移動してしまった。
わざわざ移動しなくても、隣空いてるのに。
そろそろ始まるかと思って視線を前に向けると、隣の椅子が引かれた。


「ここ良いか?」


そこに立っていたのは真田だった。
テニス部の副部長をやっていると聞くから、忙しいと思うのに、どうして委員会なんか引き受けたのだろう?
それに、このタイミング。思わず、丸井の言葉を思い出してしまう。
ぽかんと口を開けたまま見上げるわたしを、真田は不審に思ったらしい。眉を寄せた。


「あ・・・どうぞ」
「ああ」


真田は椅子を引いて、そこに座った。
丸井が変な事言うから、いやに気になってしまうよ!
それにしても、委員なんて人数が少ないから、そこら中に空いてる席があるのに、どうして隣に・・・?
こっそりと真田に視線を向けると、真田もこっちを見ているところだった。


「俺はA組の真田だ」
「知ってるよ」


これだけ有名になっておいて、何を今更。
真田は、わたしをじーっと見つめていた。名前を知りたいのかな。


「わたしは、C組のです」
「知っている」


なんと!真田は、わたしを知っているらしい!どうしてだろう。面識があっただろうか。
わたしは考えた。それはもう一生懸命考えた。

考えた末、わたしは大事な事に気が付いた・・・!


「あーっ!真田!あの時の・・・!」
「お前、気付くのが遅すぎるぞ」


真田は盛大にため息をついた。
いや、ため息をつきたくもなるよね・・・!

実はわたしは一ヵ月半前に、電車の中で痴漢に遭ったのだ。
だけど、それを助けてくれた人がいた。
わたしはひどくパニックに陥っていて、その人が白いシャツを着てネクタイをしていた事しか覚えてないけれど、あれは確かに真田だった・・・!
取調べにも一緒に応じてくれて、上手く喋れないわたしの代わりに状況を説明したり、色々してくれたんだ。
なんでわたし、その時に気付かないんだろう・・・バカすぎる。
どうせサラリーマンだろうと思って、一生懸命お礼を言って、そのまま走って学校に行ったんだった。


「その節はお世話になりました!」
「大した事じゃない」
「慌ててたから、真田だって気付かなかったよ」
「お転婆にも程があるぞ」


真田はおかしそうに笑う。あ、こうやって笑ったりするんだ!
物珍しげに見ていると、すぐに真顔に戻ってしまった。


「ところで・・・大丈夫だったか?」
「え?」
「怖かったろう」
「ああ」


真田は、わたしがトラウマになっていないか気にしてくれているらしい。
痴漢に遭って電車が怖くなったりする子いるからね。
わたしは結構、神経が太いから大丈夫だけど。
それにしても、真田って意外と優しい。


「大丈夫。その、触られた時は怖かったけど、電車に乗る事は大丈夫!」
「それを聞いて安心した」
「ありがとうね、心配してくれたんだ」
「当たり前だ」


何をう!とか真顔で照れるかと思ったら、真田は優しげな表情でこっちを見ていた。
な、なんだ、この人・・・予想と遥かに違う・・・。
わたしが想像していた真田だと「痴漢に遭うなどたるんどる!」「貴様の心配などするか!たわけが!」といった感じなんだけど・・・。


「これから、委員会で帰りが遅くなるな」
「あ。そうだね。嫌だなぁ・・・」


わたしは、ただ帰るのが遅くなって家での時間がなくなるのが嫌だと思ってそう言ったんだけど、真田はそう取らなかったらしい。
心配そうな表情でわたしの顔を覗き込んだ。


「あ、別に電車が怖いわけじゃないからね?」
「そうか・・・しかし危ない事に変わりはない」
「そうかなー?」
「あまり軽々しく考えるな。お前は危なっかしいのだ」
「危なっかしい・・・?」
「そうだ。俺が毎日送ってやろう」
「えぇっ!?」


なんと!忙しい皇帝真田は、わたしを毎日送ってくれるらしい!
なんでそこまでするの・・・?
真田って超お人好しだ。見かけと違いすぎて笑えてくるほどに。
でも、忙しい皇帝である真田に、そんな事をお願いするわけにはいかない。それに、わたしは大丈夫だ。


「それは悪いから流石に・・・」
「ダメだ。心配なんだ」


わたしは更に驚かされた。
真田の表情に。なんて、色っぽい表情をするんだろう。
眉を下げて、切なそうな顔でわたしを見つめている。
こんな顔で言われて、結構です、などと断れるものか。


「お、お願いします・・・」
「うむ、それで良い」


満足そうに笑う真田が可愛くて、またわたしは驚いた。
どうしよう。わたし、この人にハマってしまいそうな予感がする・・・!





(20120214)