「あ、の・・・さ」
「どうした」


どうした、じゃないよ!
ホームで、わたしと真田は手を繋いで立っていた。立海生の視線が痛い・・・。


「そのー、手を・・・」
「・・・嫌なのか」
「滅相もないです!」


ああ、やっぱりダメだ。わたし、真田にハマってしまっている。
丸井のバカ。おかしな事言うから意識して、わたしの方がハマっちゃったじゃないか。
と、丸井のせいにしてみるも、本当は丸井は悪くないと思う。
わたしが勝手にハマったんだ。
大きなため息をつくと、真田は心配そうに顔を覗き込んできた。


「大丈夫か?緊張しているのか?」


それは、電車に乗る事に?真田と手を繋いでいる事に?
そんな事を聞けるはずもなく、わたしは顔が熱くなって俯いた。
真田は尚も心配そうに覗き込もうとするけれど、わたしは必死で顔を背けた。
すると、真田はわたしの頭を優しい手つきで撫でた。


「俺がいるから、心配する事などない」


電車の事だったらしい。

やがて、電車が来て、わたし達は時間が遅くなったせいでラッシュに巻き込まれてしまった。
無理矢理、車内に押し込まれ、真田の手を離しそうになってしまう。


「さ、真田・・・!」


苦しい!思った瞬間、手が離れてしまった。
ああ、流されてしまう・・・!
はぐれてしまったら、一人でこの人ゴミを掻き分けて、この電車から降りられる自信がない。
泣きそうになっていると、素早く真田の手が、わたしの腕を掴んだ。
強く引き寄せられたかと思うと、真田は、壁にわたしの背中を付けてくれた。これなら少しは安心だ。


「ありがと、」


お礼を言おうとして笑った瞬間、電車が大きく揺れた。
バランスを崩した人達が、わたし達に圧し掛かってくる。
真田は少しの時間、わたしの顔の横に両手を付いて耐えていた。
だけど、すぐに耐え切れなくなったらしく、真田の肘が折れた。


「真田!だいじょう、」


声を掛けようとした瞬間だった。
唇と歯に、強い衝撃が走った。

さ、真田が・・・唇からぶつかってきた!

真田は慌てた様子で唇を離したけれど、眼前に真田の顔があるのは変わりなくて、わたしは物凄く恥ずかしかった。
今の、事故だよね・・・?


「す、すまん!」
「さ、真田・・・」
「・・・すまん」
「う、うん」


謝ったって、この状況じゃ離れられるわけもない。
真田とわたしの体はぴったりと密着したままだった。
照れているんだろうか、真田の息が熱い。耳元に掛かって、物凄く照れてしまう。



「ひゃんっ」


耳元で喋らないで・・・!
顔が赤いままだけど、見上げようとすると、真田はわたしのおでこにキスをした。


「えっ・・・!?」


今のは事故じゃない。真田が故意にした事だ。
一瞬、目が合ったものの、すぐに後ろから押されて、また真田はわたしの耳元へと口を近づける体勢となってしまった。
真田、顔が赤かった・・・。あんな顔もするんだ。
と、真田が突然わたしの耳を噛んだ。


「きゃっ」



真田は少し体勢を戻した。鼻先に真田の顔がある。
耳を噛まれた事も、顔が近い事も、すごく恥ずかしくて、わたしはパニック寸前だった。
真田は照れた様子もなく、ゆっくりと口を開く。



「お前が好きだ」



え・・・?

今・・・真田、なんて・・・?
驚いて声が出ないわたし。真田は、次は首筋にキスをしてきた。


「さ、真田っ」


わたしの太ももに、何か固いものが当たっている。それが真田のものだと気付いて、わたしは赤面した。
ど、どうしよう・・・何て声を掛けたら良いんだろう!?
困っていると、真田はもう一度「すまん」と呟いた。

と、音を立てて横のドアが開いた。たくさんの人達が流れ出て行く。
真田は慌てるでもなく離れて、わたしの横の壁に背中を預けた。


「・・・あ、のー」
「次だな」
「う、うん。そうだね」


真田は、さっきの事をなかった事にするつもりだろうか。
恐る恐る見上げると、真田は優しい表情でわたしを見下ろしていた。
目を見開いてそれを見つめていると、真田は優しくわたしの手を握った。
もう、混んでないのに。

わたしと真田は降りる駅が違うけど、真田は一緒に降りて、改札まで着いて行くと言った。
そこまでしなくても大丈夫だ。
そりゃあ、真田と離れるのは惜しいけど、明日も委員会で会えるはず。
さっきの事も、明日詳しく聞こう。・・・真田がなかった事にするつもりなら、聞かないつもりだけど。
わたしはホームで立ち止まった。


「あの、ここで大丈夫だから」
「・・・しかし」
「本当に大丈夫だよ。この辺、治安良いし」


真田に心配をかけないよう、ニコリと微笑んだ。
その瞬間、真田の腕がにゅっと伸びてきて、わたしの体を抱きしめた。


「真田・・・?」
「今聞かせて欲しい。お前は、俺の事をどう思っている?」
「え?どうって・・・」


好き、というにはまだ早い気がする。
だって、真田に興味を持ったのはついさっきだ。でも、出来れば離れたくないとは思う。
なんという言葉で表したら良いのか迷っていると、真田は抱きしめる腕に力を込めた。


「さっきの言葉を聞かなかった事にするつもりか」
「聞いてたよ。聞いてた・・・」
「俺は本気で言ったつもりだ」


真田は素早くわたしの唇を奪うと、さっと体を離した。
熱い目でわたしを見つめる真田。それなのに、わたしは立ち尽くしたまま、何も言えずにいた。
丁度、戻りの電車が来てしまった。
真田は急ぐでもなく、わたしの頭を優しく撫でた。


「お前も、本気で考えてくれ」


行っちゃう。真田が行ってしまう・・・。
一度も振り返らずに、真田は電車に乗ってしまった。乗った後も、振り返らない。


別に、考えなくたって良かったんだ。
さっき好きになったから、だから好きって言えないなんて、変だ。
好きなものは好き。わたしは真田の事が好きになった。
真田も同じ気持ちだと言ってくれているのに、何を迷う必要があるんだろう。


わたしは走った。
真田の乗る電車の前に立つと、すぅっと息を吸い込む。


「真田ー!!」


真田がくるりと振り向いた。
その瞬間、わたしは気持ちを吐き出した。


「わたしも真田が好き!!!」


真田が目を見開いて驚いた表情をしたのと、電車のドアが閉まったのは同時だった。
それでも、真田は走って窓際まで来ると、唇を動かした。



『愛している』



まさか、真田がそんな事言うはずないって?
ううん、絶対そう言った。真田の表情を見たら、わかるもの。

アナウンスに促されて、わたしは白線から下がって手を振った。
真田も口元に笑みを浮かべて、小さく手を振ってくれる。

去っていく電車を見つめながら、明日丸井に嘘付き呼ばわりしてごめんって謝らなきゃな、と思った。






(20120214)