くるくるくるくる
何回か数えて、すぐやめた。ダメだ。速くてよくわかんない。

視線を上げると、謙也はどこか遠くの方を見たまま、手元のペンをクルクルと高速で回していた。
不器用なわたしには一回転すらマネできそうにない。


「悩み事でもあるんか」
「えっ」


急にペンの動きがぴたりと止まった。
謙也はスッとこっちを見て、わたしの目をじっと見つめている。


「・・・別に」
「嘘やな。最近憂鬱そうな顔ばっかしとるで」
「・・・かなぁ」


嘘はすぐバレてしまった。だって最近なんだかおかしい。わたしはおかしいんだ。
謙也は幼馴染で昔から一緒にいるから、今更なんとも思わないはずなのに。


「ま、ええわ。言いたくなったら言い。な?」
「うん・・・」


ぽん、と頭を撫でられると、それだけで涙が出そうになる。
謙也の事が好きだっていう気持ちが溢れて、なんていうか・・・


「死にそう・・・」
「は?なんや、具合悪いんか?」
「そうじゃなくて・・・」
「なんやねん、ビビらせんなや」


フッと笑った顔とか、冗談半分に軽く頭を叩いたその手付きとか、なんか、死ぬほど好きだなぁって思う。
前までは何とも思わなかったし、「あほか何わろとんねん」とか「叩くなやキーッ!」とか言ってたのに。

いきなりすぎておかしい。どうしよう。そういうわけでわたしはおかしい。













「は?なんで?」
「わからん、でも帰る」


今日は謙也と一緒に帰る予定だった。
前にジャンケンで負けた方がマクド奢りやって事になって、それで、まぁ、わたしが勝ったんだけど。

だから、今日は部活が終わるのを待って、一緒にマクドに行って、一緒に帰る予定だった。


「わからんてどういう事やねん」
「だって、わからないんだもん・・・なんていうか、気分悪い」


謙也と一緒にいたらわからない事だらけで、もうなんか頭ごちゃごちゃになるんだもん。
こんなのダメだ。なんだかいけない事のような気がする・・・ただの勘だけど。


「・・・やっぱしお前体の調子が、」


近付いてきた謙也の手を、わたしは焦って振り払ってしまった。
謙也は唖然とした顔で、わたしを見下ろしている。


「平気だから!」
「お前・・・」
「ごめん、大丈夫」
「・・・一人で帰れるか」
「平気だから。ごめん、謙也・・・」
「ん、アカンかったら電話でもメールでもせえよ。ケータイ持っとくから」
「・・・ありがとう」


でも、絶対大丈夫だよ。体の具合が悪いんじゃないから。

しいて言うなら、心臓が痛いくらい。

背中を向けて歩き出した後も、謙也がじっとわたしを見ている気がしたけど、わたしは振り返らずに走った。
やっぱりおかしい。幼馴染をいきなり好きになるなんておかしい。
おかしいから人には言えない。謙也にはもっと言えない・・・。

帰ってから、ベッドに伏せたまま、わたしは微塵も動かなかった。何時間も、ずっと。
こうやっている間に謙也の事どうでも良くならないかな、とか無茶な事を考える。
無理に決まってる。だってこんなに好きなんだもん。なんでかは全然わかんないけど。

しばらくそうしていると、下の階から「ご飯だよー」と母の声が聞こえた。・・・いま、ご飯食べたくないなぁ。


「晩飯やって。はよ起き」


・・・は?
一人のはずの部屋に響いたわたしのものではない声に驚いて体を起こすと、ベッドの脇に謙也がいた。
肘を付いて、じっとこっちを見ている。


「え、ちょっと・・・!いつから!?」
「お前途中寝てたで」
「嘘!」
「嘘ちゃうわ」
「最悪・・・不法侵入だよ!」
「今更何言うとんねん」


謙也の言う事は正論だ。
だって、今までだって謙也は、わたしが寝ていようが着替えていようが勝手に部屋に入ってきて我が物顔をしていたし。

でも事情が違う・・・わたしの事情が。

俯いたまま動かないわたしを見てどう思ったかは知らないけど、謙也はベッドに上ってくると、胡坐をかいて、わたしの頭を撫でた。


「どないしたん」
「・・・なんでもないって」
「んなワケあるか」


顔を覗き込んでくる謙也。
見ないでよ・・・。ぶわ、と目に涙が浮かぶ。途端に謙也がギョッとした顔をした。


「どないしたん!?どっか痛いんか」
「しんぞう・・・」
「は・・・?風邪か?平気か?」
「平気じゃないわ、あほ。あっち行け」
「はいそーですかって置いて行けるわけないやろ。とりあえず寝、」
「もー、あっち行ってよ・・・お願いだから・・・!」


叫びながら涙を流すわたしは間違いなく滑稽だった。
でも、だって!このまま謙也と一緒にいたら自分が自分じゃなくなりそうだった。こんなん自分と違う。


「なんや・・・生理か」
「ちゃうわ!あほか!いてこますぞ!」
「冗談やんけ。何イライラしとんねん」
「謙也がおるから・・・」
「・・・は?」


謙也は目に見えて驚いた様子だった。わたしは謙也と一緒にいるとわけがわからなくなる。


「お前・・・」
「ごめん、謙也・・・」
「いつから俺の事そない嫌いになったんや。そんな子に育てた覚えないで」
「育てられた覚えもないわ。ちゅーか逆で・・・ごめん」
「逆?」
「わからんわ・・・なんか謙也の事もう幼馴染とか見れない。だからあっち行って下さい」


わたしはそのまま俯いて動かなかったけど、いきなり謙也に腕を引っ張られた。
驚いて顔を上げると、謙也は怒ってた。眉を吊り上げて今にも怒鳴りだしそうな謙也を見て、また悲しくなる。


「ほんで、また泣くんか」
「鬼みたいな顔しよるからー・・・」
「してへんわ。ちゅーか俺もうとっくにお前の事幼馴染やなんて思ってないんやけど」
「ひ・・・ひど!」
「ちゃう!」


なんやねん、だったら何でなんでもない他人の家に来るわけ、とか色々出てきた反論は、謙也に止められた。
謙也がいきなりわたしをギュッと抱き締めた。


「なっ、なにし、」
「黙って聞け。ええな」
「・・・うん」
「俺、お前の事好きやわ」
「・・・は?」
「返事とかいらんから。せやから嫌いとかなしな」


なんでもないような感じで「ごめんな」と体を離して、謙也はそっぽを向く。
じっと見ていると、謙也の耳がどんどん赤くなっていった。


「・・・」
「・・・」
「・・・この沈黙、どうにかならんのか」
「それ、照れ隠し?」
「・・・ちゅーかな、しゃあないやろ」
「なにが」


謙也は勢い良く振り向くと、何故かわたしをギッと睨みつけた。え、何?今度わたしが悪者?


「大体そんなな、体つきとかも変わってな、可愛くなってやで?屈託なく笑われたらコロッといくやろ普通」
「な、何言うて、」
「大体お前、年頃の男の前で下着とかでうろつく女おるか。おらんやろ。せやから、お前のせいや。俺、悪ない」
「・・・別に悪いなんて言うてへんやろ」
「お前な・・・そうやって期待させるような事言うんやめろや。俺何するかわからんで」
「別にええよ」
「は?」


相当の勇気がいったけど、謙也の手を引っ張った。ぎゅ、と両手で包む。


「わたし、謙也やったら何されてもええと思ってる」
「・・・正気か」
「正気」


どさ、といきなり押し倒されて、パニックになりそうだった。
謙也が近くにいる。それだけで幸せで泣きそうになる。

ギシ、とベッドが軋んで、すごく近くにある謙也の唇がゆっくりと開く。


「ほんまにヤッてまうぞ」
「その言い方やだけど、別にええよ」


ごく、と謙也の喉が鳴った。同時に、わたしの喉もこくりと音が鳴る。


「〜〜〜なんやねん、もうやめ!その顔!押さえきかんようになるやんけ!」
「は!?押さえんでええて、今言うた!へたれ!」
「あほか!なんかアカンやろ、そういうの」
「・・・え、意外と真面目なんや」
「あほか、俺ピュアボーイやで」
「・・・」
「無視すんなや」


謙也が体の力を抜いたから、わたしの体の上に謙也の全体重がかかる。重い・・・けど、暖かい。


「なー、?」
「んー」
「付き合おか」
「・・・うん」


ぎゅ、とわたしを抱き締めて耳元で囁いてくれた謙也の声を、わたしは一生忘れないと思った。


「大事にするから、な」







(20100317)加筆修正(20140601)