「お待たせ」
「・・・はい」
「なんや、怒ってはるん」
「怒ってないです」
「なんで敬語やねん」
「なんとなく」
「はよ帰ろ」
おかしい・・・わたしの方が年上のはずなのに・・・。
頼りがいのある年下の恋人は、わたしの手を握ると、すたすたと歩いて行く。
引っ張られるように付いて行きながらも、わたしの心臓はうるさいくらいバクバクしていた。
「うるさい」
「えっ」
聞こえたの!?なんて聴力の持ち主だろう・・・どうしよう。
そんな事を考えながら財前くんを見上げていると、彼はポケットの中に手を突っ込んでから「ああ」と言った。
「これやった」
「え?」「
「いや、先からなんやシャカシャカ言うとると思たら、俺のプレイヤー音入りっぱやったわ」
「そ、そう・・・」
「先輩、無口やなあ」
「ごめん・・・」
「謝る事あらへんやん」
財前くんの耳のピアスがカチャリと鳴った。
静かな帰り道で、財前くんとわたしの動作の音だけが響く。
わたしの顔を覗き込んだ財前くんは、しばらく経ってもそこを動かなかった。
「どしたん」
「それ、こっちの台詞や。なあ先輩て、いつまで経っても俺に慣れんのやな」
「うーん・・・でもまだ一緒にいて一週間しか経ってないし」
「ちゃうやろ、八日間やろ」
「一日くらい、」
「俺にとっては大分違うで」
目の前であからさまに溜息をつくと、財前くんはわたしの耳たぶを引っ張った。
なんの意図があってやっているのかわからず、そのままかたまっていると、財前くんの大きな手は耳たぶから耳の裏へと移動していく。
「は・・・くすぐったい」
「キスでもしよか」
「えっ」
いきなり顔が近付いてきたから、わたしは驚いて押しのけてしまった。
財前くんは一瞬呆けたような顔をした後、鼻先まで顔を近付けてきた。
「わっ」
「俺に慣れてくれへんと困る」
「な、慣れてないわけじゃ、」
「なんでそない他人行儀なん?俺も平静装うの面倒なんやけど」
「他人行儀っていうわけやなくて・・・」
「俺、結構傷付いてんで。どうしてくれるん」
「ごめん、わたしそういうつもりじゃ、」
普通に接してるつもりだったのに。
どうしよう、つまらんとか別れるとか言われたら。わたしは財前くんが好きだから、そんなのいやだ。
涙が零れそうになりながら見上げると、財前くんはちょっと眉を寄せた。
「泣くとこちゃうやろ」
「そないすごまんでもええやん・・・」
「すごんでないて。泣くな」
「泣いてませんー。年上に向かってなんちゅー扱いするん・・・あほ」
「誰がアホや。いてこますぞ」
「すごんだぁー」
「泣くなっちゅーとるやろ、ガキか」
手を上げたから、叩かれると思って、わたしは俯いた。
それなのに衝撃は襲ってこなくて、見上げると、ちょうど財前くんが抱き付いてくるところだった。
「・・・財前くん、甘えてるん?」
「甘えてへんし。離すで」
「いやや」
「そっちやんか、甘えてるん」
「・・・うん」
「そうやっててほしいわ、俺」
きゅ、と腕に力がこもった。ぽんぽんと腕を叩くと、首が絞まりそうなくらいの力で締めてくる。
「財前くん、苦しい」
「わかっとる」
「じゃあ、もうちょっとゆるめて」
「そやったら、もうちょっと身近に接してくれる?他人行儀せん?」
「うん、しない」
こくりと頷くと、すぐに腕の力は弱まった。今までも他人行儀にしていたつもりはないのにな。
「俺に遠慮せんといて。もっと身近に先輩がおったらってよく思うんや」
「うん・・・財前くん・・・」
「なんや?」
「耳真っ赤やね」
「うっさい黙って抱かれてろ」
でも、そろそろ離してくれないかな。
誰か通ったらと思うと気が気じゃ・・・そう思った瞬間に腕を離してくれたと思ったら、突然キスをされて、わたしは再びおもうさま固まるのだった。