お昼休みの鐘が鳴るまで残り1分。座っている椅子を少しスッと後ろに引く。
30秒・・・・・・・・・10秒・・・・・・さぁ、あともうすぐ・・・・・・3、2、1!!!


「はい、今日の授業はここまでー」


先生が授業の終わりを告げたと同時に立ち上がって手には準備していた財布を持って教室をあとにする。
続々と廊下に出てくる他の学生たち。みんな手に財布を持って同じ目的地であろう購買へ小走りに向かう。

だがもう既にそこは・・・・・・戦場であった。


「おばちゃん!!俺これ!パン3つ〜!!」
「はいはい!これおつりね〜」
「このパンくださーい!!!」
「はーい!!」


もうそこにはたくさんの人だかりで何のパンがあるんだかも分からない。
ああ、今日もダメかぁ・・・とガックリ肩を落とす。ただただ今日も人が過ぎ去るのを待つのみだ。
お昼の混雑ピーク時間も段々と終え、ようやく買えるようになる頃には人気のないパンばかり。

消去法と妥協で食べるパンを決める。


「これください」
「え?」
「あの、これ!ください!」
「ああ!はいはい!!250円ね〜」


自分では結構大き目の声で話してるつもりだし、人はまばらでガヤガヤしていない。
わたしの悩みのひとつである『声が通らない』これにはいつもいつも苦労する。
点呼の時に返事をしているのに何度も名前を呼ばれたり、時には友人が「桜坂さんいますよー!」と助けてくれたり。

決して声が小さい訳でもない。何故か通らないのだ。

会話をしていても何度も聞き返されたり、電話となるとハードルが高くなってとても苦痛だ。


!パン買えた?」
「・・・・・・売れ残り」
「ああ〜購買は本当に混んでるね〜!どんまい」


友人たちに愚痴っていたら廊下から突然大声が聞こえて反射で肩がビクッとなった。
何を言ってるか正直分からないけど笑い声とそのやり取りしている声の主は明確だ。


「びっくりした〜」
「あれは甲斐の声だね」
「うるさ〜」
「甲斐と平古場じゃない?」


ちょうどドア付近にいたので友人がドアを開けて上半身をのけぞって確認した。
こちらに体を戻して「やーっぱり!」とニッコリ笑った。


「テニス部?」
「そうそう〜甲斐と平古場と知念がいた」
「知念の声が一切聞こえないのウケる」
「知念って絶対声通らないの悩みだよ!なんか親近感湧く〜!!」
「あはは!!それはの悩みでしょ!」


こんなやり取りがあった翌日の正午、また懲りずに戦場という名の購買に出向くと昨日話題に上がった知念の姿があった。
おお、背が高いから目立つなぁと、その姿を無意識に目で追っていると・・・・・・


「え、すごい・・・」


思わず小声で呟いた。

人だかりの僅か隙間を上手く使ってスイスイ前へ進んで行き、あっという間に彼は先頭にいた。
あとは腕の長さでひょいっとパンを掴んですぐさま購買のおばちゃんにお金を渡し、人の波からすぐに出た。

びっくりして凝視していたのがバレたのか、知念と目が合った。


「おー?ぬーがや」


そう言いながら知念はどんどん私に近づいてきた。


「え?」
「やー、わんぬ事ジッと見てたさぁ」
「あ、いや・・・ごめん。人多いのに、すぐパン買えちゃって凄いなって思ってつい・・・」
「ああー、そう?こんなの普通の事やっさー」
「ええ〜!私なんていっつも買えなくて余りものだよ!」
「は〜や〜。わんがの分買ってくるか?」
「いいの!?」


知念に普段食べられないパンを伝えておつかいを頼んだ。
財布を預けて、すぐに知念はまたあの戦場へ向かった。わ、すごい。一瞬でもうあんな所に・・・。


「うり。」
「わぁ!!ありがと〜〜〜!!!!」


普段なら絶対に絶対に食べられないパンが目の前に・・・!!!すごい!知念様様だ!
感動している私をよそに、知念は何も言わずそのまま立ち去ろうとしたので急いで呼び止めてお礼に飲み物を奢る事にした。

断る知念を半ば無理矢理に外の自販機まで連れてきた。


「やしが、別にお礼なんか要らないさぁ」
「いいのいいの!何がいい?」
「・・・・・・サンピン茶」
「オッケー!!・・・はい、どうぞ!」
「にふぇーどー。時間ないし昼ご飯ここで食べようかねぇ」
「いいね〜外の風、今日気持ちいいし」


成り行きでそのまま知念と一緒にお昼ご飯を食べる事になった。
お互い顔見知りではあるけれど長く会話をしたことは今まで一度もない。


「知念が購買でパン買うの珍しいね、今まで見た事なかったもん」
「そうねー、今日はたまたまさぁ。普段は朝コンビニ寄ってくるから」
「へ〜。寝坊したの?」
「そー。シャワー入り損ねたし最悪さぁ」
「知念って朝シャン派なんだ」
「もう日課なわけよ。一日五回は入るねぇ」
「入りすぎじゃん!」


知念って無口なイメージだったけど結構お喋りだし何なら真顔で軽くボケてきたり面白い人だった。 洗髪五回はボケじゃなくてマジだったのには驚いたけれども。

・・・・・・あれ?そういえば・・・スムーズにやり取りが出来てる・・・・・・!!??


「ねぇ!ねぇ!私の声!!聞き取りにくくないの?!」
「・・・・・・? 別に、普通あんに。」
「ええっ」
「それを言うならわんの声、聞き取りにくいらしいさぁ」
「全然!?だって私たち普通に会話できてるじゃん!」


お互い顔を見合わせ、沈黙した瞬間、丁度予鈴が鳴り響いた。
あまりのタイミングの良さに思わず2人で吹き出してしまう。ああ、もうちょっと話したかった。

名残惜しい気持ちのまま、立ち上がって一緒に校舎に向かう。


「知念さ、また購買でパン買う時教えてよ」
「・・・やーの魂胆はお見通しさぁ。わんにおつかい頼む気ばぁよ?」
「あーバレた!」
「ッフ。いいぜ〜」


彼はさり気なく私が持っていた菓子パンのゴミを取り小走りにゴミ箱のある方へ行った。
「ありがと〜!」と声をかけると、彼の長い手が上がった。


「じゃあ、またな」
「うん、またね」


教室に入り席に着くと、いつも一緒にお昼を食べる友人が「今日はどうしたの?」と声を掛けてきた。
私は笑いながら「ちょっとね〜」とご機嫌に答えた。
すると何かに感づいた友人は嬉しそうに「なになに!?」と肘をつつき興味津々の様子。


「あー!ほら!本鈴鳴ったよ!!」
「もう〜!!」


下手に無理矢理友人の話を遮った。
知念がお喋りなところも、面倒見が良いところも、今日初めて知った事は私だけの秘密にしたくなった。
次はいつかなぁ、なんて、ちょっとドキドキしながら彼からの連絡が待ち遠しい。






(20210813)縮地法使ってパン買ってる知念くん。