「危ない!!!!」


誰かが言ったその言葉は・・・時すでに遅し。
スローモーションのように体が倒れるように感じた次の瞬間に、とてつもなく強い衝撃が走った。・・・あれ?わたし、いま、転んだ?


「あいひゃー!!大丈夫かや!?」
「い・・・痛い・・・・・・」
「すまん!!!えーっと保健室!!保健室!」
「か、甲斐くん!?」


ぶつかった相手は隣の席の甲斐くんだった。地面に寝転がっていたわたしをひょいっと軽々持ち上げて何の恥ずかしげもなくお姫様抱っこした。周りも冷やかして特に男子なんか指笛でヒューヒュー吹くもんだから逃げ場のないわたしは甲斐くんの胸に顔を埋めた。きっと耳まで真っ赤に違いない。


「転んだの?痛むところはある?」

「えーっと、右手が・・・」
「ちょっと腫れてるわね。念のために病院行きましょうか。」
「わんも!ついて行っていいですか」
「・・・彼氏?」
「ち、違います!同じクラスで、その」
「わんがぶつかったせいでが倒れて・・・」
「そうね・・・もう授業ないし一緒においで」


わたしと甲斐くんが後部座席に座って、先生の運転で病院まで向かう。
病院までの道中、甲斐くんはわたしに申し訳なさそうな顔して「痛むかや?」とか「わっさいびん」と、しょんぼりした申し訳なさそうな顔して何度も何度も謝った。


「骨折もヒビもなくて良かったわね」
「はい!一週間ぐらいで腫れもおさまるみたいだし・・・」
「でも右手よねぇ・・・授業は?ノート取るの大丈夫かしら?」
「あ、わたし・・・」
「わんがのノート取る!!」
「・・・・・・へ?あの、でも」
「任せとけー!!遅刻しねーし字も綺麗に書くあんに!」


保健の先生は「良かったわね」と言ってわたしの肩を軽くポンポンと叩いた。
全然良くない・・・!!嘘をついたわけではないけれど、この状況じゃ嘘をついたも同然だ。早く訂正しないと!!


「甲斐くん!あのね、わたし実は」
「やべっ!?永四郎からすっっげぇ大量に着信入ってる!!」


急いでかけ直す甲斐くん。スピーカーの設定にしてないはずなのに木手くんの「今あなたは一体どこにいるんですか!?」と物凄く怒ってる第一声が聞こえてきた。思わず甲斐くんは携帯を耳から離して目をぎゅっと瞑っていた。そして木手くんに通じているのかよく分からないけど今までの出来事を説明しながら謝り倒していた。状況からして部活を無断欠席したことが容易に想像できた・・・が、私のせいでもある事は確かだ。甲斐くんに「代ろうか?」と小声で聞いてみたけど「なんくるないさー」と、微妙に引きつった笑顔で言われてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

さてさて、本格的に話を元に戻すことも言い出せる雰囲気でもなくなり、何度も”左利き”だと主張しようとしたけれど結局ことごとく遮られてしまった。甲斐くんの申し出は必要ないのだけれど、あの遅刻魔の甲斐くんだし・・・きっとさっきの約束だってすぐに忘れる可能性も大きい。そんなに深刻に考える事ないか、と思って放っておくことにした。




















「なんで!?甲斐くんが!?朝からいるの!?」
「約束したろー!?」


甲斐くんは「うり、ノート!!」と言いながらノートをバシバシと指さしている。予想を裏切る結果で驚きを隠せなかった。・・・・・・でも待てよ・・・?この世には”三日坊主”という、ことわざがある事を思い出した。それに甲斐くんのことだし三日も長続きしないだろう・・・むしろ一日でギブアップなんてことも・・・。そうに違いない!こうしてますます言い出せなくなってしまった私はさらに罪の意識を抱えて授業を真面目に受けてる甲斐くんを直視できなくなってしまった。


「体育の時間がほっとする・・・」
「ぬーがや。でっけー独り言だな」


今の時間は男女混合でサッカーだ。見学もつまらないし、手は使わないから参加することにした。
散歩をするようにフィールド内を歩いていたら丁度平古場くんもわたしと同じことをしていた。上手にサボるなぁ・・・甲斐くんは全力でサッカーをしているのに。


「実はね、わたし左利きなんだ」
「んん?じゃあ何で裕次郎にノート取ってもらってんだよ?」
「はぁ・・・・・・罪深いよね・・・どうしよう」


心の中のモヤモヤをどうしても吐き出したくなってしまい、平古場くんに話してしまった。
二人で歩きながら詳細を話すと平古場くんは笑って「なるほどなぁ〜」と言った。平古場くんが豪快に笑ってくれたお陰で少し気持ちが軽くなった・・・気がする。


「っま、いんじゃねーの?一週間ぐらい」
「え!?」
「実際朝から授業受けんのなんて当たり前の事だぜー!?裕次郎がサボリすぎやし」
「あ・・・まぁ確かに・・・」
「ノート取るぐらいやらせとけばいいさー」


続けて「永四郎もぜってぇ同じこと言うぜー!?」と言った直後に授業終了のチャイムが鳴った。
先ほどとは打って変わって全速力で校内に戻る平古場くんの背中をぼーっと眺めていたら後ろから突然「なぁ、」と声を掛けられて思わず声を出して驚いた。


「甲斐くん!?びっくりしたー・・・」
「さっき凛と何喋ってたんばぁよ?」
「ええ!?えっっと、別に?特になにも・・・」
「・・・・・・ふーん、あっそ」


なんか・・・・・・怒ってる・・・?
もしかして誰かからわたしが本当は左利きなのを聞いて怒ってるのかも・・・!!
甲斐くんの素っ気ない態度でわたしはとてつもないショックを受けた。と同時に、嫌われたくないとも。

そうか、そうだ。

絡まっていた糸が解けるように、自分でも分からなかった自分の気持ちに気づいてしまった。
キッカケは言葉を遮られたことかもしれない・・・けれどいつでも私は左利きという事実を伝えることができた。左利きだと言い出せない事について自分で自分に言い訳していた私だけれど、シンプルな答えは少しでも一緒に甲斐くんといたかったんだ。


「ごめんなさい!!!」
「 !? 」
「もう気づいてるんだよね?」
「・・・あい?なにが?ちょっと待って何の話?」

「「え?」」

「わたしが左利きっていう事・・・」
「はぁ!?初耳やし!やーが!?左利き!?!?」
「う、うん・・・あれ?その事で怒ってるんじゃ・・・?」
「ちがっ・・・、いや、その事で別に怒ってないっつーか・・・えっしんけん左利き?」
「そうなの。ごめんね、今日一日ノート取ってもらっちゃって・・・」


暫く沈黙したあと「ああ〜〜〜〜!!」と言いながら頭を抱えてうずくまった。
どうしよう。いつの間にかグラウンドには誰もいなくて私と甲斐くんだけとなってしまった。うずくまっていた甲斐くんはパッと顔だけ上げて上目遣いでわたしを見た。


「わんのせい?」
「・・・・・・?」
が何回も言いかけてたアレって左利きだって言いたかったんだろー!?」
「ああー・・・!」
「わんが早とちりしたせいで言い出しにくかったんだよな・・・ごめんちゃい」


甲斐くんが謝る事ないよ!!とわたしが必死に慌てて説明して、最後に改めてわたしも甲斐くんに謝った。すると「お互い謝ってばっかりさー」と甲斐くんが言うもんだから笑ってしまった。なんだか甲斐くんと一気に距離が縮まった気がして嬉しい。


「あれ?じゃあ何でさっき怒ってたの?」
「あー・・・それはー、そのぉ・・・なぁ?」


歯切れが悪くて、しどろもどろでよく分からない。けど、もう怒ってないらしい。
左利きあるあるを喋りながら二人並んで校舎に向かうけど、とっくに帰りのホームルームも終わったみたいでジャージを着てるのはわたしと甲斐くんだけだった。

あ〜あ・・・甲斐くん明日、学校来るの遅いかなぁ?ノート、書かなくても良くなったもんね。


「字きたねーしノートはわんが書かなくても大丈夫かもしんねーけどよ・・・」
「うん?」
「最後までわんが責任持って面倒見っから!!」
「・・・あ、ありがとっ・・・」


最後までって、完治まで?それとも・・・なーんて冗談言えるわけがない。
頬が赤く染まって俯く。甲斐くんにどうか気づかれませんようにと何度も心で呟いた。猶予はあと一週間。もっともっと近づきたいって欲張ってみる。でーじちばれ、明日のわたし。










オマケ(甲斐くんから木手くんへの折り返し電話):
「わりい!わりい!!連絡すんの忘れてた!の右手がぐねって!わんがぶつかって!・・・・・・え?はわんと同じクラスの子!そ〜ジョシ!・・・・・・しんけん謝った! んでー慌てて保健室連れてったらセンセイが念のためにつって病院行く話になってわんも付き添いしたんだけどよーセンセーの運転が意外と荒くて・・・え?関係ない話すんな??わりーわりー。で、なんだっけ? ・・・・・・あ〜そうそう骨折とかヒビないってさー。でも腫れてんの!・・・・・・おー。わんがノート取ったり面倒見るあんに。・・・遅刻?しねーって!わーってる!!じゃあ切るぜー。」
(20180411)