最初に彼を見かけたのは、海だった。
次に見たのはプールで、その次は木手くんと追いかけっこしてた。

一日に最低一回は見つけてしまう。多い時で5回以上。
今日は、ついさっき大きなテニスバッグを持って走ってテニスコートへ向かっているのを見た。


「それでは第一回学園祭実行委員会を始めたいと思います」


クラスメイトたちに押し付けられて断り切れず不覚にも1組の実行委員になってしまった。
放課後、こうやって拘束されるのは正直嫌でしょうがない。
かと言って部活も何もしてない暇な帰宅部ですが。(だから押し付けられた)

ちょっとザワザワしながらも委員会は形式のように順調に進んでいった。
だが今はポスター係2名が決まらず、誰もやりたくないので立候補もなく膠着状態。

これが決まりさえすれば今日の委員会は終わるんだけど・・・
委員長も副委員長も書記も先生も、みんな少しイラついてるみたい。


「あれ?ねぇねぇ、2組の男子なんでいないの?サボり?」
「そーなの。まじありえないよねー」


誰も立候補しないため暇なわたしは隣の席に座ってた2組の女子にコソコソ話しかけた。
2組の子には悪いけど、うちはちゃんと男子来てくれて助かったぁって思っちゃう。
ちゃんと記録とか取ってくれるからお陰でわたしは座っているだけで特に何もしていない。


「ちなみに誰なの?」
「甲斐裕次郎」

「ッエ!?!?」

「おい!静かにせんかコラァ!!もうお前がポスター係やれ!」
「ええー・・・うそ・・・」


うちの学校ってなんで横暴で見た目ヤクザみたいな先生ばっかなの。
注意された上にポスター係に無理矢理されてしまった。
黒板を見ると既にわたしの名前がでかでかとポスター係の横に書かれていた。仕事早すぎだよ書記さん・・・決定じゃん。

はぁ〜・・・とため息をついた瞬間、教室のドアがガラッと勢いよく開いた。


「委員会あんの忘れてましたー!」


ため息をしていた口があいたままで、目を疑った。
だってあの見覚えのあるキャップと、紫のジャージ姿で彼はドアの前に立っているのだから。


「甲斐!!お前もと一緒にポスター係やれ!!よし2名決定!今日は以上!解散!」
「はあ!?わんー!?」
「遅れたお前が悪い!ごちゃごちゃ言わんでやれー!」
「しんけんかよ・・・・・・サンってダレー!?」

「わ、わたし・・・です。」


黒板を確認して、甲斐くんは大きな声でわたしを呼んだ。
控えめに手を挙げて主張すると、足取りも軽快にこちらまで来てくれた。

周りにいたみんなは、ようやく終わったーと笑顔で続々と帰って行った。
本当だったら、わたしもそっち側で・・・こんな理不尽に指名されたらいつもならそっち側を羨むんだけど、今日は違って。


「わったーポスター係さぁ。どーするー?」
「デザインとか決めないとね・・・どーしよ。」
「わんそーゆーセンスねーよ」
「わたしも。・・・木手くんとかに相談してみようかなぁ」
「永四郎にー!?」


あ、そうか。木手くんってテニス部の部長だったっけ。
甲斐くんが物凄く嫌そうな顔しながら「やめとこうぜー。やり直し何回もさせられっから」と言うので木手くんの案は却下となった。


って何組?」
「1組だよ。テニス部はー、木手くんと不知火くんがいるね」
「あい?やー、わんがテニス部って知ってたんかぁ?」


頭の中では「ああ、やってしまった!!」と別のわたしが酷く騒ぐ。
でも甲斐くんの目の前にいるわたしは余裕ぶって微笑みながらユニフォームを指さして「それ」と言う。甲斐くんも納得したみたいだった。


「いちおーわんぬ携帯教えとくあんに。なんかあったらここにな!」
「あ、うん・・・!わたしのも、はいこれ!」
「うーっし!今日はこれで終わりにしよーぜー。」


あれ、もう終わり・・・?ちょっぴり・・・というかだいぶ、残念。
甲斐くんは「もう練習終わってっかもーなぁ」と言いながら教室を出ようとしたので、少しでも一緒にいたいわたしは急いで彼の後ろを追いかけた。


「ねー、甲斐くん。よく今日、途中で委員会あったの思い出したね!」
「永四郎が言ったんばぁよ。もしや・・・あにひゃー全部把握してたりして」
「えー!?まさかぁ!!」
「しんけんあり得るさぁ」


真面目な顔して冗談を言う甲斐くんの横でわたしは嬉しそうに笑う。
嘘みたい。夢みたい。ずっと、ずっと、見てるだけだったのに。

もう下駄箱に着いてしまって、わたしは帰るから校門へ真っすぐ。
甲斐くんはテニスコートだから玄関を出て右に曲がる。・・・業務以外の連絡は、やっぱだめかなぁ。
そんなくだらない事を真剣に考えていたら玄関から木手くんがこっちに来てるのが見えた。


「甲斐くん、今日はもう部活終了ですよ」
「あー!やっぱりかぁ」
「ところでなんでさんと甲斐くんが一緒なんですか?」
「あ・・・うん、甲斐くんとわたし実行委員、一緒で、」
「ああ、強引に押し付けられてましたね。」
「アハハ・・・」
「クラス違いますけど甲斐くんのこと頼みますね。」
「永四郎どこ行くんさぁ」
「職員室です。あなた達さっさと帰りなさいよ」


ふぇーいなんて、気の抜けた返事をする甲斐くん。
それじゃあって各々行こうとしたら本日2度目、甲斐くんに呼び止められた。
ドキンと心臓が跳ねる。心臓に悪すぎるよ・・・!!まさか甲斐くんがわたしのこと呼ぶ日がくるなんて!


「待て待て!鞄取りに行くだけやし。部室付いてきてくんね?」
「え、なんで・・・?」
「つめてー!わったーポスター係あんに。親睦深めるためにも一緒帰ろーぜ」
「そ、そうだねっ!!」


なるほど、ポスター係で親睦深めるためにも・・・!!
予期せぬ提案にスキップするかの如く甲斐くんのもとへ走った。この人の隣を歩けるなんて未だに夢みたい。


「おい、裕次郎!帰ったんじゃねーのかよ?」
「凛まだいたんかよ!!委員会終わって鞄取りに来たーついでに着替えっかな」


部室前でちょうど帰ろうとしていた平古場くんに会った。
そのまま甲斐くんは着替えと鞄を取りに部室の中に行ってしまい、喋ったことも、ましてや挨拶すらしたこともない平古場くんと二人っきりになってしまい少々・・・というかだいぶ、気まずい。


「やったぁ・・・裕次郎と一緒に帰るんか?」
「あ、うん。平古場くんも、一緒、帰る?」
「わんでーじ空気読めっから遠慮しとくあんに。それと、」

「 ? 」


平古場くんは、わたしの身長に合わせてかがんだ。綺麗な金髪の長い髪が耳に触れてこそばゆい。するとわたしの耳元でこそっと呟いた。


「やーいっつも裕次郎のこと見てるだろ?」


頭の中、真っ白。
平古場くんはわたしの真正面に顔を向けてニヤっと不敵に笑った。


「ん、な・・・っ!?え、っちょ!!・・・ええ!?」
「そんなに見つめてたら誰でも気づくっつーの!裕次郎に穴空くっつーの!」
「ひ、みつ・・・!に、して!!内緒!ってか誰にも言わないでー!」
「裕次郎バカだから気づいてねーぜ」


ああ、良かった・・・!どうやら本人には気づかれてなかった。
ガチャっと部室のドアが開いたと同時に甲斐くんが「うるせーよ?なんの話??」って言うから平古場くんがバラしてしまわないかドキドキしたけど上手く誤魔化してくれた。


「じゃーな!」


そう言って平古場くんは笑顔でわたしに親指を立てた。
自転車置き場の方へ歩いていく平古場くんの背中を、2人で少し見つめてぽつりと甲斐くんが一言。


「やべ、わん超イイ事思いついちゃった」











甲斐くんの言っていた『超イイ事』とは、平古場くんにデザインを全部丸投げするという案だった。わたしもある意味木手くんに丸投げしようかと提案した身なので文句は言えない。

さっそくわたしは2組に行って甲斐くんと一緒に平古場くんにダメ元でお願いしてみた。


「あー?わんで良ければ別にいいぜー?」
「・・・・・・え、うそ!いいの!?!」
「うっしゃーい!!!しんけん持つべきものはセンスのイイ友やっさー!!」
「考えっから時間くれー」


神様仏様平古場凛様!!って言いながら甲斐くんと2人で平古場くんを拝み倒した。
平古場くんは呆れた顔してたけどわたしと甲斐くんはハイタッチしまくった。
触れる一瞬、わたしよりも大きな、男っぽい手に心臓の鼓動が早まったのは秘密。


「出来たら裕次郎に渡せばいーのか?」
「いや、わん速攻失くす。じゃね?」
「じゃあわたし受け取りに2組来るよ!どうせ近いし!」
「サンキュー」


以前はただ見てるだけだった甲斐くんと急接近して展開についていくのがやっとだ。今では見かけたらどちらかともなく挨拶して、小話もする。平古場くんが手掛けるポスターデザインの進捗状況を聞くことが多いんだけどね。











「ポスターのデザイン、こんなんでいーか?」
「えー!?持ってきてくれたんだ!?ありがとー!!すごい!!イイ!!!」
「清書したのまた今度持って行くわ。そんで?裕次郎と何か新展開あったか?」


平古場くんはわたしの隣の席に勝手に座って話を進める。
新展開って・・・漫画じゃないんだから。「特に何もないです」とだけ伝えた。平古場くんは「つまんね〜」と言って頬杖をついた。


「待ってたって裕次郎のやつ鈍感だからダメだぜー」
「じゃあどうすれば・・・」

「甲斐くんには正攻法しかないでしょう」

「「!?!?!」」

「びっくりした・・・木手くん・・・!!」
「わんも・・・声でなかったー・・・」


通りすがりの木手くんが私達のちょっとした会話で全てを把握して尚且つアドバイスまでくれた。
近くにいた不知火くんにも聞かれてたみたいで「ちばれよー」と、こそっと声を掛けてくれた。ちょっと・・・テニス部に知れ渡るのも時間の問題じゃないですか。はぁ〜と少しため息をつきながら廊下を歩いていると上から声がした。振り返ると知念くんだ。



「知念くん久しぶりだね!」
「ん。裕次郎がやーのこと探してたぜー」
「えっ!!か、甲斐くんって今、ど、どこにいるか分かる?」
「・・・顔赤いぞ。」


あの鈍い知念くんでさえ気づくぐらいわたしは「甲斐くん」というキーワードに弱い。
だけど一番鈍いのは甲斐くんなんだよなぁ・・・。鈍感!ばか!・・・もしテレパシーが使えたらなぁ、好きだーー!!!って思いっきり力いっぱい伝えれるのに。

知念くんに甲斐くんの居場所を聞いたのでそこへ足を運ばせる。足取りはとても軽く、なんなら小走りだ。


「届け〜・・・甲斐くんに!」
「なにを?」
「っきゃあ!?か、甲斐くん!」
「 ? 凛から清書のやつ預かってっから!もう絵具で色塗ろうぜー」
「あれ、今日部活は?」
「なし!!」


美術の先生に卒業生が置いていったアクリル絵の具を借りることができた。いつの間にか日中カンカンに照っていた太陽も顔を隠し始めている。

平古場くんが色を指定してくれているお陰でわたし達は迷わず筆で色を付ける。


「そーいやーさぁ!!」


甲斐くんが思い出したかのように昨日の部活中の出来事を話し始めた。きっと塗るのに飽きたんだと、すぐに分かって苦笑してしまう。
話始めると塗っていた手が止まったかと言えば止まった。ただ筆を持ちながらジェスチャーが激しくて手があっちにいったりこっちにいったり忙しい。


「だからよー、凛があっちのコートにいたのに・・・うあっ、あああ゛!!」
「 !?!? 」
「あいひゃー!!わっさいびーん!」
「なに!?なにが!?」
「絵具付いちまった!」
「えっ制服に!?どこー!?」
「ちげー!ちげー!!うり、ここ」
「顎?ここ?」


甲斐くんは「全然ちげー」と笑いながら手を伸ばして私の頬に触れた。
触れた手が温かくて心地よくて目を伏せた次の瞬間、唇にも甲斐くんの体温を感じた。


「ふらー何で目ぇ閉じた?」
「・・・だって、夕日が眩しくて。何で・・・したの?」
「唇んとこに絵の具、ついてたんさぁー」


・・・・・・なにその変な嘘!


「「ゆくさーやー!!」」


お互い同時に「うそつき!」と言って笑い合う。
完成したポスターは少し不格好だけれどわたしは気に入ってる。それは甲斐くんが所々勢いあまってはみ出したり、水の分量が多くて滲んでいたり逆に濃かったり、筆を振り回してたから飛び散った絵具がドットのように模様っぽくも見えるこの過程を知っているからだ。




(20180501)