「あ〜〜〜!?英語の教科書がねぇ!」
「また始まったさぁ」
「やっべもう授業始まるあんに!に借りてくる!!」
「永四郎に借りてこいよ〜」
「ふらー!いつもの小言が始まるさぁ!」
「あっはっは!」


全員席についてもう授業が始まる準備をしているそんな時。
廊下からドタバタとうるさい足音が響き渡る。どんな走り方したらこんなうるさくなる訳?


「なぁ!!!」
「 !? 」


うるさい足元の犯人発見。
ドタドタしながら私の所まで来てでっかい声で「教科書!!」と。


「なんの?」
「英語!わんのどっかいったんだけど知らね?」
「知らないよー、はい。ちゃんと返しに来てね」
「サンキュ!!!」


返してね、と言ったけど毎回返ってきた試しがない。
わたしが取りに行くとハッとした顔した後にヘラっと笑って「忘れてたさぁ〜」なんて言うんだ。

チャイムが鳴って慌ててまたドタバタしながら教室に戻って行った。相変わらずどこに居てもうるさいヤツ。


「やっぱり返しに来ないし・・・もうっ」


一応放課後まで待ってみたけど、やっぱり返しに来る気配は一ミリもなかった。
こっちから裕次郎のところに行くのは癪だけど、明日も英語はあるし教科書がなくて困るのはわたしだ。

仕方なく裕次郎の教室に行くと何やらガヤガヤと騒がしい。


「ねぇ、裕次郎〜」
「なぁ!なぁ!なぁ!いいところに!わんの帽子知らね!?!」
「はぁ!?」


裕次郎は「あいひゃー、やべーやべー!」とか「あ〜・・・思い出せね・・・」と、うずくまったり忙しい。
英語の教科書を無くした次はトレードマークの帽子を無くした様子。

周りの人たちもそんな裕次郎に付き合ってられず、もはや話すら聞いてない。
当たり前だ、こんなの昔からしょっちゅうだからね。


「ねぇ・・・そういえば教科書借りに来た時、既に帽子被ってなかったよね?」
「しんけん?」
「たぶん」
「なぁ、凛!今日わん帽子被ってきてたっけ?」
「あー・・・朝練とき被ってなかったか?」
「んんっ?」


裕次郎が「やー、付いてきて」と言うので仕方なくテニスコートに付いていく。

唯一裕次郎が無くした事がない物は首から下げてる指輪ぐらいと言っても過言ではない。
それはお父さんから預かってる大事なものらしい。

きっと裕次郎は無くした物があったとしても暫くは気が付かなそう。
下手したら無くした事にも気づかないぐらい鈍感・・・というか、無頓着。


「ああ〜〜〜!!なぁ!うり、あった!!!見ちみー!ベンチんとこ!」
「はいはい・・・良かったね」


裕次郎は自分が朝置き忘れたであろう帽子のところへ猛ダッシュした。
帽子を被って上機嫌でニコニコしながら戻ってきた。大事な物ならもっと大切に扱えばいいのに!


「ねぇ、ところで英語の教科書は?あったの?」
「んあ〜!そーそー、実は鞄の中に入ってたんさぁ〜」
「なにそれー!?」
「まぁ、まぁ!の教科書返すから、ちゃんと!」
「当たり前でしょうが!」


反省をしていない様子の裕次郎に文句を言いながら教室に戻る。
裕次郎は鞄から英語の教科書を取り出して、「ほらよ」と返してきたけど・・・


「なんかグチャグチャしてる!これ裕次郎のやつじゃん!」
「えー、中身同じだしどっちでも・・・」
「良くないってばー!中身見てよ、マーカー引いてある方がわたしの」
「あ、ほんとだ」


「わりーわりー、ごめんちゃーい」なんて、気持ちが一切ない謝罪も昔から変わらない。
もう慣れてるからそんな事、今更全く気にしないけれど。


「もうさ、幼稚園児みたく全部に油性ペンで名前書いとけば?」
「お、いいなそれ!無くした時わんに返ってくるあんに」
「物無くす前提ってどうなの」


裕次郎は本当に油性ペンを取り出して教科書にフルネームを書き始めた。
それも平仮名で。本人曰く画数が多いから漢字は面倒らしい。


「うし!あとはー・・・、手貸して」
「なんで?」


そんなわたしの問いは無視され、手を引っ張られる。
裕次郎の思惑に気づき「あ!!」と声を出した時にはもう・・・・・・遅かった。

手の甲に油性ペンで「かい ゆーじろー」と名前を書かれた。


「ひひ、大事なもん!」


裕次郎の屈託ない笑顔に、釣られてついつい笑ってしまう。それは天然の成せる技に違いない。
でもやっぱりわたしは裕次郎にだけは文句ばっかり言ってしまう。・・・照れ隠し?


「もう!これ暫く消えないじゃん!」
「だーなぁ。油性ばぁよ」
「裕次郎、手、貸して!そのペンもっっ!!」


仕返しに、裕次郎の手の甲にわたしの名前を書いた。
裕次郎はニコニコしながらそれをじーっと眺めて見ていた。

翌日、木手に「何ですか、それ」と聞かれ事の顛末を話すと大袈裟にため息をつかれて「バカップルの極みですね」と吐き捨てられた。
「バカップルじゃない!!」と、言っても「はいはい、そうですか」なんて棒読み気味に軽く流された。







(20190519)