「あっ!裕次郎みっけ」
「あい???・・・わんの事避けるのもーやめたのかぁ?」


裕次郎は口をとんがらせて、不信がる目でわたしを見つめる。


「うん。わっさいびん」
「別にいいけどよー・・・いや、よくねーわ。うり、ここ座れ」


自動販売機の向かい側に設置してある年季の入った古いベンチに座っていた裕次郎の横に座った。
どうやって話を切り出そうか・・・・・・避けてた理由?それは私が比嘉中テニス部のマネージャーを辞めたからだ。
監督の選手に対するスパルタ的な指導に何度も何度も衝突を繰り返してついに私が折れた形となった。 選手と一緒に頑張れなくて逃げた自分が恥ずかしくて今日まで部員全員を避け続けてきた。

その後テニス部が九州ブロックで優勝したと人づてに聞いた。同時にそれはダーティープレイだったという噂も。


「試合観てないから分からないけど、噂は聞いてるよ」
「ああー・・・んー」


苦い顔して俯いた裕次郎には心当たりがあるようだ。
どんなに酷い監督の仕打ちにも耐えて【勝つことだけが全て】をスローガンに掲げたのが部長の永四郎で、自分のスタイルで最後まで勝ちにこだわるタイプなのが凛。

私が一番心配なのは裕次郎だ。

彼らほど勝ちにこだわりがない分、永四郎の指示とあれば力関係的に逆らえない裕次郎は何でもやる。純粋な彼は何色にでも染まってしまうんだ。それは悪い方にも良い方にも。


「今年はなんだか暑い夏になりそうだね・・・」
「全国は本土やし。うちなーより涼しんじゃねーの?」
「えー、裕次郎知らないの?東京の夏って蒸し暑いってイトコのねーねが言ってた」
「ゲェ。しんけんかよ!わんの頭蒸れそぉ」
「永四郎みたいな髪型にすれば?」
「セットに1時間あんに。わんには無理さー」


うそ、あの髪型作るのに1時間もかかってたんだ。
いつ何時たとえ試合後でも涼しい顔して見事にキープしてるし・・・・・・全国大会であの髪型を崩す猛者は果たしているのだろうか?


「んで?何でわんの事避けてたんだよ」
「勝手に辞めた事、申し訳なくて・・・裕次郎だけじゃなくて皆に合わせる顔なかった」
「・・・・・・相談も何もねーからヘコんだ」
「うん・・・・・・」
「しかも露骨に避けられてよーダブルパンチあんに」
「・・・・・・ごめん」
「もうすんなよー」
「え?」
「なんかあったら相談!あとわんの事避けるの禁止!な!」


ずいっと顔を近づけられて勢いに負けて「はい」と答えたら裕次郎は満足そうな顔をした。
随分とあっさり許してくれた・・・。ん?待てよ、裕次郎に何か相談しても的確なアドバイスが返ってくる確率が相当低そうだな・・・と、返事をした後に少し後悔した。

すると何かを察したのか裕次郎は「いちおー、わん副部長だぜ?」と言ってケラケラ笑った。


「副部長の仕事一個もやってなかったくせに〜」
「有能なマネージャーがいたから伸び伸び出来たんだぜ〜?」
「それならその有能なマネージャーに感謝しないとね」
「へいへい!にふぇーやいびーん!」


そしてわたし達は同時に大きな口を開けて笑い出す。
そういえば部活中も2人でこんなくだらないやり取りして永四郎にしょっちゅう怒られて、それに凛が加わるものなら収集がつかなくなってたっけ。


「なぁ。しんけん戻ってこねーの?」
「晴美が許すわけないじゃん。最後大喧嘩してハゲとか言っちゃったし」
「は!?マジでぇ!?!?」
「マジマジ」
「やっべー!!笑いすぎてでーじ腹いてえ!!最っっ高!」


笑いすぎて体に力が入らないのか私に全体重を預けて寄り掛かり、飲みかけのジュースを手にしてゴクゴクと音を立てて飲み干した。
今のCMに使えそうなぐらいゴクゴク言ってたなぁ。それにビールのCMみたいな勢いで「ぷはぁ〜!」って言うもんだからいっそ気持ちが良い。私も喉が渇いてきた。


「紙パックのジュース買おーっと」
「お、売店行こうぜ!!わん腹減った〜」
「言っとくけど奢んないよ?」
「おばあから内緒で小遣い貰ったから今月よゆー!」
「うそー!またぁ!?おばあ裕次郎に絶対甘すぎ!!」


並んで一緒に歩き出すと、一気に懐かしい気持ちになって少し目が潤む。
よく一緒に部活前に売店に行ってたっけ。たまーにジャンケンして奢ったり、奢られたりもした。

もうあの頃には戻れないと知ってるから余計に寂しい。でもこうして以前のように変わらずに接してくれる裕次郎は本当に優しい。


「なぁ、やっぱ戻って来いって。わん木手に掛け合うぜ?凛とかにも声掛けてよー」
「・・・ありがと。気持ちだけ受け取っとく。」


売店で買ったオレンジジュースで水分取ったからかな、目が滲むし霞む。
裕次郎は慌てて見ないふりしてオロオロし出した。それ見たら「っぷ」と吹き出して、なんだかケラケラと笑えてきた。


「ごめんごめん、裕次郎の苦手知ってるのに」
「あーあ、と全国大会一緒に行けないさぁ」


今度は裕次郎が眉毛を下げてしょんぼりしてる。
「なんか物足んねぇっていうか・・・今まで一緒に・・・」とぐちぐち小声で呟いてる。


「ねぇ裕次郎、ジュース、飲む?」
「・・・・・・・・・ん。飲む。」

「マネージャーの頃はさ、選手みんな平等に応援してたの」
「 ??? 」
「もちろんみんなの事応援するんだけど・・・マネージャー辞めた今、裕次郎にちょっとだけ大きく気持ちが入っちゃうかも」
「・・・・・・・・・へ!?・・・かも!?」


裕次郎は飲んでた紙パックのジュースを思わずぎゅっと握り潰してしまい、辺りが悲惨な事に。
真っ白い制服がオレンジに染まってしまってる。


「もー、何やってんの?」
「ゲェッ!濡れた、やべ、染み、うわ〜〜〜!」
「あ、もうこんな時間だ。帰らなきゃ」
「待て待て待て!わんも!!っつーか、さっきの話の続き!」
「ん?」

は!わんだけ応援してくれればいんじゃねーの!?」


右腕を勢いよく引き寄せられて、気づけば裕次郎の胸の中にいた。
裕次郎は「絶対離さん」と言うけれど、離されては困る。わたしの制服にオレンジ色の染みが付いてる現実を知るのは絶対イヤなんだから。





(20200224)