酸いも甘いも噛み分ける






わたしも、木手くんも、不器用なんだと思う。

付き合い始めて、もう一ヶ月も経つというのに、この距離は一体なんなんだろう。
他の人から見て、わたし達は赤の他人に見えているんじゃないだろうか。

少し遠すぎるところを歩いている木手を、じっと見つめた。体のライン綺麗だなぁ。


「お腹、減りましたね」
「あ、うん」


今日は何を食べましょうか。
木手くんは見た目と違って実は優しい。

いつもわたしの食べたい物を優先してくれる。
でも優柔不断なわたしは、いつも同じ答えしか出せないんだ。


「何か食べたい物はありますか?」
「うーん・・・何でもいい」


こういう答え方が一番困るんだ、って友達も言ってた。
現に、木手くんも、いつも「困りましたね」と返す。
でも、いつも的確な選択をしてくれた。心の中が見えているみたい。

今日は何かな。和食?洋食?それともー、


さん」
「ん?」


突然木手くんがぴたりと足を止めたから、驚いた。
振り向くと俯いて顎に手を添えて考え込むポーズをしている木手くん。
ふと顔を上げると、遠慮がちにわたしの袖を引っ張った。


「通行の邪魔になりますね・・・こちらへ」
「どうしたの?」


木手くんは道の端へ辿り着くと、わたしの袖を解放した。
いつもより距離が近い。少しドキドキしながら木手くんを見上げると、俯いて思いつめた表情をしていた。

すごく、色っぽい。

ぽーっと見ていると、木手くんが突然顔を上げたから驚いた。


さん、料理は出来ますか?」
「え・・・?」
「俺は、あなたの手料理が食べたいです」
「え・・・えぇっ!?」


これってお誘いでは・・・木手くんの家へ!?
ど、どうしよう!わたし、料理作れないよ!
慌てて見上げると、涼しい顔の木手くんが、わたしをまっすぐに見つめていた。


「で、でも・・・わ、わたし・・・!」
「嫌ですか?」


ちょっと切なげな顔の木手くん。
ふっと手を伸ばして、さらりとわたしの頭を撫でた。
頭を撫でられたのは、初めてだ。驚いて見上げると、木手くんは優しい目でわたしを見下ろしていた。


「もし何でしたら・・・一緒に作りましょう。」
「う、うん・・・!」


嬉しい!料理ができなくても、木手くんの家に行ける!
わたしは嬉しくて嬉しくて、つい木手くんの腕に飛びついた。
ちょっと驚いた顔で「どうしたんです?」と尋ねる木手くんが大好きで。わたしの足取りは軽い。























「ごちそうさま・・・」
「そろそろ元気を出して下さい」


木手くんは、また頭を撫でてくれた。

嬉しいけど・・・でも、落ち込む気持ちの方が大きい。膝を抱えて、そこに顔をうずめた。
だって・・・折角二人で一緒に、って言ってくれたのに、わたしときたら何も出来ないんだもん!
ほとんど木手くんが作ってくれて、そしてとても美味しかった。ゴーヤチャンプルー・・・

美味しければ美味しいだけ、わたしは落ち込んだ。


「映画でも観ます?」
「ううん、いい・・・」


無音の状態に嫌気が差したのか、木手くんがパチンとテレビを付けた。
今日何曜日だっけ・・・たまに見てる恋愛ドラマって今日だっけ・・・
と、顔を上げた。すると画面に映っていたのは、丁度ベッドシーンで。男女の吐息が部屋に響いた。
わたしは、じーっとそれを眺めていたけれど、木手くんはチャネルを変えていた。

砂嵐がザーと音を立てている。


「・・・何か・・・そうですね・・・何か、飲みますか?」
「ううん、今はいい」


微妙に慌てている木手くんが面白くて、わざと俯いて何も言わないでいた。
他に何かあったかと必死で考える木手くん。横目できょろきょろと部屋中を見回している。
普段が冷静なだけに、こういう木手くんを見るのは、すごく楽しい。


「ふ、ふふ・・・」
「あ・・・からかいましたね?」
「ごめんね、つい」
「やりましたね・・・」


きらり、と木手くんの眼鏡が光った。
それは、木手くんが眼鏡の角度を変えたからで。
ぱっと眼鏡を外すと、木手くんはテーブルにそれを乗せて、その手でわたしの肩を押した。


「わっ・・・!」


ドサッ、という音が部屋に響く。
う、うわぁ・・・な、何これ!

目をいっぱいに見開いた、わたしの視界には白い天井と眩しい明かり。それに真面目な顔した木手くん。
いつもは眼鏡の奥にある真剣な眼差しが、邪魔なレンズを通さず、まっすぐにわたしを見つめている。


「仕返しですよ・・・」


ぽつりと呟いた木手くんは、勢い良くそっぽを向いた。
わたしはというと今までにないぐらい、顔が赤い。


「しても、いいですか・・・?」


切なげに目を伏せて言う。
木手くんって意外と睫毛長いんだ・・・と見つめていると、その目がわたしを捉えた。
熱っぽく潤む瞳を見つめていたはずなのに、それは何故かわたしの目からぽろりと零れ落ちた。


「泣いているのは、怖いから?・・・違いますね」


断言した木手くんは、わたしの額に口付けて、微笑んだ。
幸せが心に染み渡るような、笑顔。
改めてこの人が好き、大好きだと思うと、涙がぼろぼろと零れていく。


「とろけそうな目をしていますね・・・可愛いですよ」


甘えるような囁き声で「いいですか・・・?」なんて言われたら、頷くしかない。
こくりと頷いて見せたつむじに唇を落とすと、木手くんはまた幸せそうに微笑んだ。


「男という生き物は都合がいい。
 そんな顔をされると、好きにして下さいと言っているようにしか見えませんね」


初めてのキスだというのに、木手くんは甘くわたしの前髪をかきあげるように頭ごと抱き締めて、熱い唇と舌でわたしの唇を塞いだ。

たまに離れて響くちゅ、という音が何度も続くと、妙に気分が高揚してくる。
薄く目を開くと、木手くんは夢中になってわたしの唇を貪っていた。


「き・・・木手、くん・・・・・・待って・・・!」
「あなたの前では私もただの男です。
 そんな目で見られれば余裕もなくなります。どうにかしてしまいますよ」


わたしの目じりを長い指でなぞって、木手くんは笑う。
意地悪そうに微笑んでいたけれど、きっと木手くんにも余裕はなかったと・・・思う。


「期待しちゃうよ」
「・・・俺が叶えて、差し上げますよ」


息が少しうわずって、いつもの冷静さがない。 無意識に木手くんのシャツのボタンを解いている自分も、普段の自分からは考えられなくて。

でも、木手くんの手がわたしの胸元に伸びた時、何も気にする事はないと気付いた。


「好きですよ、。今まで結構・・・いや、相当我慢してたんです。」
「わたしも。大好き」


じわじわとわたしの体に好き勝手、手を伸ばす木手くん。
でもそれを決して嫌な事だとは思わない。

たまに嬉しさを堪えきれずに口元がゆるむわたしを、木手くんは愛しそうな目で見つめていた。








しっとりと木手くん。(20170709)