「え・・・?部活、休み?なんで??」
「おー。永四郎とだけな!」


部室に入った途端、平古場が笑顔で「何で来てるんばぁ?」と言い放ったものだから、わたしは驚いた。 永四郎も、わけがわからないという顔をしている。


「やったー、どうせろくにデートもした事ないんだろ?」
「下世話ですよ、甲斐くん」


確かにわたし達は一ヶ月ほど前から恋人同士として付き合う事になったけど、キスは愚か手を繋いだ事すらなかった。

永四郎はうるせーなとでも言いたげな憎憎しい表情で甲斐を睨みつけると、甲斐はビビって何かのチケットを数枚、平古場へパスした。そのチケットは平古場の手によって永四郎のブレザーの胸ポケットに押し込まれた。


「何ですか、これは」
「わったーからのプレゼントさぁ。今日はデートでもして来いって!な!?」
「ちょっと、あんたら・・・本当余計なお世話」


今日は午前しか授業がないと言えど、午後はみっちり練習のはずだ。
部長ともあろう者が女に感けてどうするの!
練習優先!それが永四郎。わたしが好きになった永四郎はそういう奴なんだから。
どうせ永四郎は断って無理にでも練習に出るだろう。そう思ったのに。


「・・・練習なら大丈夫だ。わんが見張ってるあんに。行ってこい、永四郎・・・」


知念くんは俯いてぽつりぽつりと言葉を零した。
いい加減その"ここぞ!"って時に知念くんを使うのをやめて欲しい。
慣れているわたしでもたまに引っ掛ってやろうかな、と思うくらいなのに、永四郎ときたら・・・


「そうですか。では、知念くんの言葉に甘えましょう」


これだから・・・!

















「映画かぁ・・・」


永四郎は映画館に来た事がないのだろうか・・・?と、思うほど落ち着きがなかった。
何やらうろうろしだしたと思えば、売店で立ち止まってそこから一歩も動かない。

仕方なくわたしは永四郎に歩み寄った。


「永四郎?」
「ポップ、コーン・・・」
「・・・食べたいの?」
「塩でお願いします。」


どうせならキャラメルが良いな、と思いつつもキャラメルポップコーンなんて永四郎が喜ぶはずもない。
自分で頼めば良いのに、永四郎は横から「コーラ」だの「ゴーヤ」だのと呟き続けた。
ゴーヤは流石にない、と思いつつもわたしは伝言ゲームのように食べ物を購入した。

買ったものを両手で抱え、わたしは永四郎に尋ねた。


「永四郎って、映画とか観るの?」
「俺だって映画くらい観ますよ」


ムッとした顔で返す永四郎はなんだか可愛くて、わたしは思わず笑ってしまった。
永四郎は不満そうに「ふん」と鼻で笑う。機嫌を損ねてしまったかな。


「ねぇ、何が好きなの?」
「80年代のフランス映画です。」


わたしは早速聞いた事を後悔した。

平古場が渡してくれたチケットというのは特定のタイトルを観れるチケットだろうか。
それとも映画館で好きな映画を一本観れる、という内容のものだろうか。
後者だったとしたら、もしやフランス映画を観るはめになるのでは・・・マニアックすぎる・・・!
感想を求められて、何も言えないわたしに永四郎がイラッとする光景が浮かんできた。


「ね、ねぇ、何観ようか?」
「どうやら観るものは決まっているようですね」


永四郎が取り出したチケットには、ラブロマンスらしいタイトルが書かれていた。
一安心・・・。しかし永四郎は諦めきれないようでフランス映画のポスターをじーっと見つめていた。


「他のものが観たいのでしたら、チケットを購入してそれを観ますか。俺もそっちの方がいいので」
「結構!」


永四郎が指差したのはやっぱり目線の先のフランス映画のポスターで、わたしは即永四郎の手からチケットを奪い取った。
しかしチケットを持っているというのに、窓口の人に不審そうに学生証の提示を求められてわたしはすごく恥ずかしかった。

永四郎は慣れているのか、平然と鞄から学生証を出していたけど。


「まるで援助交際をしているような後ろめたさが・・・」
「・・・何か言いましたか?」
「別に何も」


永四郎は席に着いた途端、すぐにさっき買ったポップコーンをバリバリと食べだした。
子供みたい。可愛くて思わず笑ってしまう。


、口を開けなさい」
「え・・・?」
「いいから開けなさいよ」


永四郎、ご乱心・・・!
いきなり忌々しそうにわたしの頬をぶにゅっと掴むと、口の中にポップコーンをひとつ放り込まれた。
一体何のつもりなんだろう・・・と思いつつ、わたしはいやにしょっぱいポップコーンを噛み締めた。


「・・・あのー、永四郎・・・?」
「いつだったか平古場くんが、もし映画館に行ったらこれをしたら良いと言っていたので」
「・・・もしかして、あれあーんのつもりだったの?」
「違いますか?」


やっぱりそうだったんだ・・・それにしても、なんて下手くそなんだろう!
それと、平古場は永四郎に変な事を吹き込まないでほしい!
わたしはポップコーンをひとつ摘んで、永四郎の方に体を向けた。


「違うでしょ。こうだよ、こう。はい、あーん」


永四郎は少し戸惑っていたけど、素直に口を開けた。
その中に摘んだポップコーンを優しく放り込んであげる。


「ね。わかった?」
「なるほど。ではやり直しましょうか」
「もういいよ・・・!」


やり直しとか!恥ずかしい!
それでもキッチリとした性格の永四郎は、どうしてもやろうとして聞かなかった。
押し問答しているうちにブザーが鳴って、わたしは助かった!とばかりに体を前に向けた。


「始まっちゃうから、ね?」


安心したのも束の間。
顔を覗き込んだ途端、永四郎がわたしの手をガッ!と握ってきたから、わたしは物凄く驚いた。


「び、ビックリするじゃない・・・!」
「すみません。ですが、」
「何?また平古場?別に映画は手を繋いで観なくたっていいんだよ」
「平古場くんが言ったのもそうですが・・・」


やっぱり平古場だ!いい加減、平古場の存在にイラついて少し粗暴な口調になってしまった。
永四郎はいつものクセのある眼鏡の直し方をして大画面のスクリーンを見ながら呟いた。


「・・・俺の意思でしたのですが、ダメですか?」
「え?」
「離しますか・・・?」
「・・・そのままでいい」


平古場め、いい加減にしてほしい。
でも永四郎がたまにギュッと強く握ってくれるのが嬉しくて、わたしは平古場にちょっぴり感謝し

・・・するわけない。

映画が中盤に差し掛かって、わたしはやっと平古場と甲斐の罠に気付いた。
この映画・・・タイトルがラブロマンスっぽいくせに、中身がドロッドロのホラーだった!
きっと知念くんにリサーチして飛び切り怖いのをチョイスしたに違いない・・・!!わたしがホラーが苦手だって事知ってて・・・!あいつらめ・・・!!


「ひいぃ・・・!」
「どうしましたか」
「どうもこうも・・・!」


視線をスクリーンから外そうとしても、怖くて怖くて、固まって動けない。
目を瞑る事すら出来なくて、わたしはボロボロ泣いていた。


「ちょっと、大丈夫ですか」
「こ、こわく、て・・・」


ぽろっと涙が一粒、わたしの顎を伝って流れ落ちていった。
途端、永四郎はいきなりわたしの肩を強く抱いた。

永四郎は、わたしの顎を掴んでキスをした。少しして、ゆっくりと離れていく永四郎の熱。
わたしは呆然として暫く動けずにいたけれど、やがて正気に戻った。顔が熱い。


「な、何してっ・・・!」
「静かにしなさいよ。周りに迷惑です。」
「ば・・・バカじゃないの、バカじゃないの!」
「二度言わなくても聞こえます。」


一度離れた永四郎の熱が、またわたしの肩を抱いた。
ドキドキしてうまく反応が出来ない。


「え・・・永四郎・・・?」
「あなたを見ていると・・・いえ・・・」


耳元で囁かれる永四郎の声は、いつもより甘い気がした。
続きの言葉を待っているのに、永四郎は黙りこくっていた。
時間は過ぎていく。一体どれくらいの時間が経ったんだろう。
突然耳元で永四郎が話し出すような吐息が聞こえて、わたしの体はびくりと揺れた。


「・・・あなたが好きだからついしてしまいました。いけませんか」
「・・・永四郎・・・」


二人の顔が近付く。永四郎の目がゆっくりと閉じていく・・・

途端。

スクリーンに化け物の顔がアップで映り、その化け物の断末魔のような叫びが館内に響き渡ったものだから、わたしは驚いて永四郎に思いっきり抱きついた。

つもりだった。












「・・・っ・・・」
「永四郎、ごめんね・・・」
「ッ!さ・・・触らないでください・・・」
「ご、ごめんなさいっ!」


ポン、と気軽に叩いてしまった背中が痛むらしい。永四郎は老人のように背を丸めながら歩いていた。 驚いて抱きついたのは、まぁいいとしよう。

・・・わたしは、怖いものを見ると我を忘れてしまって、どうもいけないと思う。

最近切るのを忘れ続けていた長ーい爪で、永四郎の背中を激しく引っかいてしまったらしい。
永四郎の背中には、わたしの爪あとがくっきり付いているだろう。


「永四郎、明日部活で冷やかされるかも・・・」
「何故俺が」
「・・・いいよ、もう」


折角のデートなのに、平古場や甲斐の事ばかりが頭を占めていて、わたしはなんだか楽しくなった。 わたしと違ってタフな永四郎は、今度はしゃんと背筋を伸ばしてわたしの手をギュッと握った。


「では次の場所へ向かいますか」
「え?まだあるの?」
「さっきチケットを確認しましたが、遅い時間の方が都合が良いみたいです。」


平古場がチケットに、付箋メモを貼り付けておいたものらしい。
夜景か何かかな・・・平古場ってば気が利く!

・・・なんて思ったわたしは、やっぱりバカで。

浮かれすぎて、平古場と甲斐がくれた"無料券"だという事をすっかり失念していた。
暫く歩いて永四郎が「ここですね」と言って立ち止まった建物を見上げ、わたしは目を剥いた。


「永四郎、ダメ!帰ろう!」
「あの2人の好意をあなたは無駄にする気ですか?」
「好意な訳ないじゃん!悪意だよ!!」


永四郎は建物を見上げてニヤニヤしている。
やっぱり面白がってるよ・・・!ついに永四郎まであの2人に乗っかって悪ノリしだしたよ・・・!

わたしは深くため息をついた。


「・・・わたし絶対行かないよ。」
「何故ですか」
「ここラブホテルだよ。わかってる?」


あまりに永四郎がぽかんとした顔をして「だから何ですか?」と言いたげな顔をしているものだから、女の子の心理が全然分かっていないと思って、わたしは背伸びをして永四郎の耳元に口を近づけた。

永四郎の体がびくりと揺れる。


「ここってエッチな事、するところ・・・なんだけど・・・」
「ええ。そうですね」
「初めてがラブホテルっていうのは・・・それに、」


その無料券を使ったらあの2人に一週間ぐらいからかわれるに決まってるし絶対に嫌!!
それにこういうのはタイミングとかムードとか・・・!!!

わたしの意図を理解してくれたのかと思いきや、永四郎はわたしの手を引いたまま、ホテルに入ろうとしている! ちょっと待ってストップ!ストップ!!と永四郎の腕を強く引いて止める。


「そうですか、俺とは嫌ですか・・・」
「え?」


ふと永四郎の顔を見上げると、真剣な表情でわたしの瞳を真っ直ぐに見つめていて、すごくドキドキした。 永四郎はわたしの頬をすぅっと撫でた。


「・・・あなたは、俺に抱かれるのは・・・嫌ですか?」


永四郎は、わたしの顔を覗き込んで優しい声で囁く。
ずるいよ、そんなの・・・


「嫌じゃない、よ・・・でもわたし達、制服だし、こんな所ダメだよ・・・」
「そうですか・・・」


ホッ・・・なんとか事なきを得た・・・

あ!いやいや、ホッとしちゃ永四郎に悪い・・・ちょっと残念だっていう気持ちだってあるんだよ。
でもまだちょっぴりこわいから、この件はおあずけという事で。

思った途端、永四郎が平古場や甲斐にゴーヤを食べさせようとしてる時の、あの、黒い笑みを浮かべた。

わたしは「あ、ヤバイ。」と思って自分の体を自分自身で思わず抱きしめたが、永四郎がわたしの耳元で囁いたその声は、映画館で聞いたあの甘い声だった。


「では行きますか」
「え?どこへ・・・?」
「俺の家に泊まると、家に電話をしておいて下さい。」
「えぇっ!?」
「朝まで寝かせませんよ」


初めてにそれはないでしょ・・・!
それに、さっきの話はまた今度って事になったんじゃ・・・!?
でも見上げると永四郎はすっごく楽しそうに笑っているものだから、わたしはすっごく幸せになって笑って頷いてしまう。





・・・でも笑っていられたのは、夜、永四郎の目の色が変わる直前までだった。
次は加減を覚えてほしいな、永四郎・・・。







(201709010)