「木手ー!!何やってるのー?」


放課後、委員会がちょうど終わって廊下に出ると同じクラスの木手の姿があった。
時間的に部活の人たちがぞろぞろと帰宅を始める頃だ。きっとテニス部も部活が終わったのであろう。


「 ? 」
「・・・・・・あれ?木手・・・?だよね??」
「ああ、その声はさんですね」
「ッヒィ!睨まないでよ、めっちゃコワイ」
「別に睨んでる訳じゃないですよ」


そう言いながら木手はいつも通り眼鏡をクイっと・・・?クイって・・・・・・あれれ??


「眼鏡はー!?」
「それがつい先ほど部室で・・・・・・」














「伊達メガネ欲しいなー・・・裕次郎見ちみーくぬ雑誌」
「あい?メガネ??凛って目ェ悪かったっけ」
「でーじイイやし。左右2.5さぁーつーか伊達つってんだろぉ」
「あ〜〜へいへいファッションな〜」
「このタイプどうよ?」
「ちょっと永四郎のメガネっぽくねー?」

「・・・2人してこっち見ないで下さいよ」

「永四郎!わんに一瞬だけメガネ貸してくれ!!」
「わんにも!わんにも!!」

「嫌です」

「0.5秒でいいあんに!なぁ頼む」
「わんもメガネかけたいさー」


「まったく・・・五月蠅いですね。さっさと返しなさいよ」


「イエーイ!サンキュ!!」
「鏡!鏡!!」


ええ、貸しましたよ。この2人は願い事を聞き入れるまでしつこいし何より五月蠅いですからね。
指紋付けたらぶっ飛ばしますよと警告して眼鏡を貸したんです。するとちょうど知念くんが部室に入ってきましてね・・・


「永四郎〜」
「ん?なんですか知念くん」
「監督がぶち切れながらやーのこと呼んでたさぁ」
「・・・・・・思い当たる節が多すぎますね・・・」
「一体何したんばぁ?」
「無視しときますか・・・」


「木手ーーーー!!!!!出てこんかぁーー!!」


「・・・やれやれ」
「さっさと行った方が身のためさー」


「木手ーーーー!!!!!!!聞こえてるのかぁーー!?!?」


と、まぁ早乙女監督が部室の扉を壊す勢いで入ってきそうだったんで眼鏡を返してもらう時間もなく、そのまま監督の所へ向かったんです。
適当に話を切り上げて部室に戻ってみると・・・もぬけの殻でしたね。・・・ノートの切れ端のコレ(置手紙)を残して。・・・どうぞ、見てください。


「何々・・・『メガネは 人じち となった。』って・・・なにこれ」
「まったく・・・俺としたことがあの馬鹿2人にしてやられました・・・」
「携帯に電話してみたら?」
「それが電源切ってるんですよ・・・」
「この学校で木手にこんなことする命知らずはあの2人だけだね」
「本当にこれだから馬鹿は困ります」


はぁー・・・と深いため息と共に深く刻まれる眉間の皺。クセとなっている眼鏡を上げる仕草も今となっては眼鏡がないものだから木手は「ッチ」と舌打ちをした。
相当イラついてるらしい。そりゃあ周りが見えないとなるとそうなる気持ちも分かる・・・かく言うわたしもコンタクトだから木手の気持ちがとても分かる。


「探すの手伝うよ」
「ありがとうございます」


2人が悪ふざけで書いたであろう置手紙の裏を見てみると小さく薄い文字でヒントらしきものが書いてあった。
木手はこれに全く気付かなかったらしい。そりゃあこれ書き方に悪意があるもんなぁ・・・。ヒントの後には『※今後もっとわったーにやさしくすること。ゴーヤはキンシ!!!』と書いてある。平仮名ばっかりだな・・・読み上げると木手は「火に油を注ぐとはこのことですね」と言った。あの2人は果たして明日無事かな・・・。


「『ヒント@えーしろーが毎日必ず行くとこ』だって。」
「・・・範囲が広すぎますね。校内だとテニスコート、部室、教室、トイレ・・・まさかトイレに・・・!!!」
「ちょっと落ち着いて、木手。次が・・・『ヒントA7月〜9月はジゴク』」
「7月〜9月・・・?夏、ですか」
「『ヒントBえーしろーの口グセ』」
「口癖・・・」

「あ、わたし分かったかも」

「俺には全く見当もつきません。さんがいてくれて本当に助かりました」
「こっちこっち!!」


走り出すと木手は「ちょっと待ちなさいよ」と言いながら壁伝いによたよたと歩くものだから思わず「そんなに目悪かった?」と聞くと「裸眼両目0.2です」と木手は言った。
こんな木手の姿は斬新で面白いけど不憫で可哀想になってきたので木手の手を取ってわたしが彼の目の代わりになった。


「手、小さいですね」
「こ、これぐらい普通だよ!木手の手が大きいんだよ」
「おや・・・外に出るんですか?」
「うん。靴は自分で履き替えられるよね?」
「馬鹿にするのも程ほどにしなさいよ」
「アハハ」


外靴に履き替えてまた木手の手を引いて歩き出す。方向はテニスコートや部室があるところだ。
先ほどまで私より一、二歩下がって歩いていたのに慣れた道の方向なのもあってまるで恋人のように並んで手を繋いで歩いている。


「プランター・・・ですか・・・ほう、なるほど」
「木手って毎朝と放課後水あげてるでしょ?それにゴーヤの収穫時期って7月〜9月で・・・」
「ゴーヤ食わすよ、が俺の口癖ですか」
「ピンポン!あ、ほら!!あのゴーヤに眼鏡引っかかってる!」


ゲ。既に指紋がベッタリと付いている・・・レンズの部分を触らないようにゆっくり丁寧に眼鏡を取った。
わたしから見ると木手は微笑んで見てるかのように見えたけど、実際にはわたしの姿なんてぼやっとしか映っていないないだろう。輪郭すらはっきりしないぐらい彼にはきっと何も見えていない。


「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。」


木手は眼鏡を受け取るとレンズを顔に近づけてチェックする。レンズには指紋がベトベト付いていて案の定舌打ちと共に眉間の皺がグッと深くなった。
「あの2人を明日どうしましょうかね・・・」と物騒な発言をしながら眼鏡を綺麗に磨いている。見る見るうちに片方のレンズが綺麗になっていく。とても慣れた手付きだ。


「ところで、さん」
「ん、なに?」
「随分と俺の事に詳しいですね」
「えっ!?」

「それに、頭の回転が速い女性は嫌いじゃないです」


そう言って木手は磨き終わった眼鏡をかけた。太陽に反射してレンズがキラッと光る。
どちらかというと自分でも頭の回転が速い方だとは思うけれど、今、この状況で上手い返事も何も言葉が出てこなかった。頭が真っ白とはまさにこの事で一体何を言えば正解なのかも分からない。
木手のあの言葉の真意とは?わたしの頭はショート寸前で、体は固まって動けない。


「おや、顔が赤いですね。ハッキリ見えてますよ?」
「〜〜〜〜っ!!!」


ハッキリ見えてるくせにわざと顔を近づけてくる木手。
不敵に笑みを浮かべた後、彼はわたしを通り越して去って行く。思わず振り返って「木手!」と呼ぶ。
姿勢が正しくピシっと真っすぐ歩く彼は片手を挙げてヒラヒラとこちらを見ずに手を振った。

おちょくられてるに違いない、けど、ハマっていくのも時間の問題。

翌日、木手に追いかけまわされてる甲斐と平古場がどうなったかは・・・知る由もない。と、いうか怖くて知りたくない。真相は闇の中・・・それはわたしと木手の関係も。





(20180604)