「あ、紅葉だー!キレー」


悪気のない、後輩の言葉にイラつく。

顔見知りだというのに、彼女はわたしに何の声も掛けずに校門を通って帰って行った。
校門の向こう側に立っている、様々な色の木。
はらはらと、イチョウとモミジの葉っぱが落ちていくのを、じっと見ていた。

秋は大好きだった。

好きな季節は?と聞かれたら、真っ先に秋!と言えるくらい。
でも、今年から嫌いになっちゃいそう・・・。
唯一校内にある一本の大木には葉が付いていなかった。理由は、よくわからない。もう散ったわけではないと思う。
その木に背中を預けて座り込む。


「ちょっと」
「・・・なに?」


せっかく、ここなら目立たないと思って座り込んだのに。
座った瞬間に声掛けてくるなんて。空気読んでよ。
視線を上げると、そこには同じクラスの木手が立っていた。下から見上げると木みたいにスラっと背が高い。


「こんな時間まで一体何をしているんですか」
「別に。秋が好きだから、ちょっと秋を感じようっていうか・・・そういう感じ」
「寒いでしょう」
「平気だよ。大丈夫だって」


木手は、自分の首に巻いていたマフラーを、わたしに巻こうとしてくれた。
それをやんわりと拒否すると、木手は心外そうな表情を浮かべていたけど、すぐに手に引っ込めて、わたしの横に座り込んだ。


「・・・ねぇちょっと」
「何ですか」
「なに、ここで本なんて読もうとしてるの!」
「別に構わないでしょう。いないものと見なして結構です。」


一度引っ込めたマフラーを、わたしのむき出しの太ももの上に掛けると、木手は自分の鞄から『ゴーヤの正しい育て方』という分厚い本を取り出して読み始めた。
帰ってほしい・・・いいや、やっぱり、正直少し嬉しい自分がいたりする。
いい位置にあった木手の肩に、頭を預けた。

木手が動いたのか、香水の香りがふわりと漂う。嫌いじゃない香り。


「ねぇ木手、秋好き?」
「ええ。悪くないですね」
「・・・わたしも、好き」


木手の肩がもそりと動いた。
視線を上げると、木手は流し目にこちらを見ていた。
促すような視線と、ぱたんと閉じられた本に気付いて、視線を前方に戻して、木手の体にもたれた。


「フラれた」
「・・・ほう」
「・・・なんか言ってよ」
「言ったでしょう」
「ほう、じゃわかんないよ!フクロウか、アンタは!」


完璧な八つ当たりだったけど、木手はおかしそうに口元を押さえて笑っていた。
笑い事じゃないよ・・・絶対あっちも、わたしの事好きだと思ってたのに。
とんだ勘違いで恥かいたよ。彼女いるって何それ。聞いてないし、これからもいい友達とか気まずすぎて絶対嫌だし。


「わたしさ、秋になったら、好きな人と手繋ぎながら寒いねって言いつつ一緒に帰ったりしたかったの」
「暖かそうで、いいですね」
「でしょ?だから、秋に告白してね、それで冬になったら寒いからって、くっ付いて、雰囲気でファーストキスとかしたかったの」
「・・・そうですか」
「あ、引いてる?」
「いえ」


同情か。やさぐれるわたしの頭を、木手の大きな手が撫でる。
優しくした木手が悪いんだから、好きにしたっていいはずだ。
先から我慢していた涙がぽろっと頬を流れていったのを感じて、木手の肩口に顔を埋めた。
木手が後頭部を優しく、ぽん、ぽん、と叩いてくれるから、余計に涙が零れていく。


「ばかぁ、触んないでよ」
「そうは言われましても」


耳元で、ぼそりと呟いた「あなたがくっ付いてくるのだから、仕方ないでしょう」という言葉が、困ったように感じて、また涙がぼろぼろ零れる。
こんな事で泣くのは、みっともない。
手が痛くなるくらい、木手のブレザーの胸元をぎゅうっと掴んだ。
一緒に中のシャツもシワになるぐらい掴んだ気がしたけど、そこは無視した。


「首が絞まっているんですが。いい加減放しなさいよ」
「やだ」
「・・・まぁ、いいでしょう」


よく考えれば、どうしてただのクラスメイトである木手に、こんなに甘えてるんだ、自分は。
でも、どうしても放すのは嫌で、わたしはぴったりと木手にくっ付いたまま、めそめそと泣いた。
木手なら、誰にも言いふらしたりとかは、しない気がする。仲のいいあのテニス部員たちにも。


「日が落ちてきましたね。送って行きますから、そろそろ帰りますよ」
「やだ、もうちょっと」


彼の事を好きだったわたしが苦しんだように、木手の事を好きな女の子も苦しんじゃえ。嫌がらせしてやる。

わたしは肩口から、胸の辺りに、顔を移動させた。
真正面から抱きつくわたしに木手は困ったように溜息を落として、やれやれ・・・とか言ってる。
それを無視して、離れないという意思を主張するように頬を擦り付けた。嫌がっても放してはあげない。


「場所を変えますか?」
「動きたくないの!」
「離れたくない、とでも言ったらどうですか」
「んなっ・・・調子に乗らないで!」
「こんな事をされたら、期待するのも仕方ないでしょう?」
「えっ!」


驚いて顔を上げようとしたけど、木手がわたしの髪の毛に鼻を埋めたから、動きを止めた。
木手は「いい香りですね」と呟くと、すぐに離れて、わたしの頭をぎゅうっと抱き締めてくれた。
優しく撫でて、薄く笑う。


「その気がないのなら、否定して貰いましょうか。あなたの事がよくわかりません」
「う、うそだ・・・」
「バレましたか。満更でもない、といったところですかね」


咄嗟に距離を取ろうとしたのも見破られて、木手の手が、わたしの腕を引いた。
顔を覗き込まれて、至近距離で低く笑われた。


「顔が赤いですよ」
「・・・木手、たらし?」
「そんなつもりはないですよ。さぁ、帰りましょう」


わたしの腕を引いたまま立ち上がると、木手は「ああ、こっちでしたね」と呟いた。
何事かと思えば、木手は腕を放して、その手で、わたしの手をぎゅっと握った。


「手を繋いで帰るんでしょう?生憎、俺の手は暖かくはないですが・・・あなたの手、暖かいですね」
「えっ?それって・・・」
「俺で良ければ、あなたの夢を叶えてあげましょう。帰りますよ、
「・・・はい」


こくりと頷くと、木手は「いい返事です」と、また頭を撫でてくれた。
校門を潜り抜けた先の、後輩が綺麗だと言ったモミジの木を見て、わたしも素直に、綺麗だな、と思った。


「木手、わたし秋が嫌いになるところだったよ」
「俺はあなたのお陰で秋が好きになったところですよ」
「わたしも、嫌いにならずに済んだ」
「・・・
「ん?」
「俺は・・・冬も、あなたとこうして手を繋いで帰れたら良いな、と思っているところですが」


ふと見上げると、木手の顔がモミジの葉っぱみたいに真っ赤になっていて、思わず笑ってしまった。
木手は悔しそうにしていて気付いていなかっただろうけど、わたしの顔もきっと同じように真っ赤なんだろうなと思った。

木手の手は少し冷たいと思ったけれど、きゅっと強く握ると、すごく暖かかった。
見上げた先にある笑顔も、また、暖かかった。




ポラリス:北極星(20181109)