まさかこの俺様が体調を崩すなんて・・・。


「おいおい体調管理ぐらいしっかりしろよなー。びっくりしたぜ」
「・・・ごもっともだな」
「んで、今日の部活のメニューはこれでいんだな?」
「ああ。」


宍戸の言葉にあまり言い返せないくらい、体が熱い。
ミカエルの迎えが来るまで保健室特有の糊が掛かったシーツに包まる。


「次の授業・・・休む」
「了解。担任に伝えとくぜ」


宍戸の声なんて、子守唄にも何にもなんねぇ。
自分でもわかったのか、ぴしゃりと保健室のドアが閉じる音が聞こえた。























甘い夢を見た気がする・・・ふわふわと柔らかい・・・


「あ・・・跡部くん?」


ふと目を開けると、ぼんやりとした視界にの姿が写った。
慌てて体を起こし、目を凝らして彼女の存在を確認する。


・・・!?」
「ごめんなさい、勝手にお見舞いなんて・・・」
「いや、それは問題ないが」


驚いた。彼女は生徒会が同じで、俺が密かに好意を寄せている相手だ。
は心配そうに俺の顔を覗き込み、額に手を当てた。


「まだ熱いみたいだね」
「そう・・・か?もう平気だ、」


むしろに触れられると熱が上がりそうなんだが。
至近距離にある彼女の心配そうな表情にくらくらしながら、彼女の手を退けた。


「いつからここにいるんだ?」
「うーんと、10分前くらいかな」
「そんなにか?起こせよ」
「ごめんなさい・・・気持ち良さそうに寝てたから」


寝顔を見られてしまったのか・・・思わずハッとした口を手で抑える。
視線を上げると、彼女まで恥ずかしそうに俯いている。

何故が・・・?


「どうかしたか?」
「・・・う、ううん・・・何でもないの」
「顔が赤いな」


もしかしても熱が?と額に手を伸ばすと、彼女はぎゅっと強く目を瞑る。


「すまん。怖かったか?」
「ううん・・・その、恥ずかしくて」
「ッ、そうか・・・」


確かに、勝手に額に触れようとするのはまずかったな。
急いで手を引っ込めてを見ると、まだ恥ずかしそうに俯いていた。

照れた様子が魅力的で、思わず笑ってしまう。


「や、やだ、なんか変な顔してた?」
「いや、魅力的な顔してたぜ」
「からかわないでよ、もう・・・!」


からかってなど微塵もないが。
俺は笑いながら、彼女の表情を伺う。彼女はなおも照れた表情で俺を見つめていた。


「あのね・・・宍戸くんから倒れたって聞いて」
「そうか」
「うん。だから、その・・・びっくりして、きちゃった」


へへっと照れたように笑う
今はのことを恥ずかしがっているなどと、からかえる立場にいなかった。
熱のせい、そう。熱のせいで顔が赤い。上手く返せないからと話題を逸らそうとする自分が、どうも情けない。


「そういえば、不思議な夢を見た」
「え・・・?」
「聞きたいか?」
「聞きたい!」


はキラキラと目を輝かせて、丸イスに座り込んだ。
彼女は夢占いだとかの類が好きで、よくそういう本を生徒会で読んでたし、絶対に聞きたがると思った。


「視界は真っ暗で、どこにいるのかは・・・わからないな」
「うんうん」
「んで、何も聞こえない。だが不思議な事に耳に甘い感触がある」
「耳が、甘いの・・・?」
「ああ。不思議な感覚だったな。・・・上手く言葉では表せない」


は興味深そうな表情から一転し、不安な表情になった。
随分と幸せでふわふわとした夢だと思ったが、もしかすると不吉な内容だったのか。


「そういえば・・・味もあったな。確か甘い、砂糖みたいな」
「・・・へ、へぇ」
「あと柔らかい。マシュマロみたいなゼリーのような・・・ッフ。あれはなんだろうな」
「も、もうやめて!」
「は・・・?」


ふとに目を向けると、顔を両手で抑えて俯いていました。
俺は彼女が泣いているという事実にひどく驚き、ベッドから身を乗り出しての顔を覗き込んだ。


「ど、どうした!?おい、大丈夫か!?」
「ごめんなさい・・・!」
「いや・・・?俺の方こそ、」
「ち、違うの・・・謝らなきゃいけないのは、わたしで・・・」


顔を上げたは、目が潤んではいるものの、泣いてはいなかった。
その代わり、顔が真っ赤。は片手で頬を抑えて涙目で再び俯きました。


「跡部くん・・・本当にごめんなさい。わたし、」
「ああ、どうしたんだ?」


優しく問うと、はついに泣き出してしまった。
イタズラをした子供が、罪を白状するような・・・そう考えていると、はぽつりと呟いた。


「寝てるのをいい事に、キスしたの・・・」
「・・・はっ?」
「ごめんなさい・・・」
「だ、誰にだ!?」
「ごめんなさい!跡部くんに・・・!」


俺はてっきり、俺が寝ている間にどこの輩とキスしたんだ!?と考えたのだが、その輩とはどうやら俺だったようで。
は「ごめんなさい・・・」と消え入りそうな声で呟きながら、頭を下げた。

俺はといえば、自分の唇を押さえたまま動けずにいた。ふ、不意打ちすぎるだろ・・・!
よくよく考えてみたらあの耳に感じた甘い感触は、の吐息だったのかもしれない。


「・・・怒ってねーから。顔上げろ」
「本当に・・・?」
「ああ。その代わり、」


の体を引き寄せ、抱き締めた。柔らかい。

目を見開いて私を見上げる彼女。

俺はふっと笑って、の顎を掬い上げた。


「もう一度、甘い夢を俺に見せてくれ」





(20181004)