positive




「ハッピーバースデー日吉くーん!」


一度開けた部室の戸を俺は静かに閉めた。


「ちょっとちょっと!何で閉めちゃうの!?」


内側からバンバンガンガンとドアを叩いたり蹴ったりする音を背中越しに感じていた。
しかし部室の中にいる人をこのまま放っておけばドアをぶち壊すに違いない。断言出来る。
そうなると跡部部長に怒られるのは絶対に自分だ。(部長は何故かこの人に甘い。)
だから俺はドアノブを回してそのまま引いた。(出来ることなら開けたくはなかったが・・・)
すると予想通り、彼女は勢いよく飛び出し、そのまま顔面から滑り込んできた。
見事なスライディングだ。そんな彼女の後頭部を見つめながら、はぁとひとつ溜息をつく。
そして、いつまで経っても起き上がろうとしない彼女の腕を引いて、立ち上がらせるとツーと鼻血を流していた。
・・・・・・・・・すごく申し訳ない気持ちになった。


「ごめんねー鼻血の世話してもらっちゃって」


キラキラした笑顔でそう言っているが、鼻に詰められているティッシュが全てを台無しにしている。
あまりに元気過ぎる行動を起こした結果、鼻にティッシュを詰める羽目になった人は、俺の先輩でテニス部のマネージャーだ。
こんなんだが頭はよく、顔も整っているためにそれなりに人気はあるが、うるさいのが玉にキズ。
まぁそれも先輩のいい所なんだが。・・・・・・そう思わないと鈍器で殴りたくなる。


「そうそう日吉くん」
「何ですか」
「誕生日おめでとー!!」
「・・・そんな大声で言わなくても聞こえます。・・・ありがとうございます」
「感情こもってないなぁ」
「誰のせい・・・まぁいいですけど」


俺はロッカーを開け、マフラーとコートをハンガーに掛けた。
ブレザーに手をかけようとしたところで背中に感じる熱い視線・・・見すぎだろ、どう考えても。
ゆっくり振り返ると案の定先輩は俺を見ていた。
目が合うと、えへへと笑い、気にせず続けて、と言う。いやいや気にするだろ。


「・・・・・・・・・」


そんな先輩の言葉にもちろん納得出来ず、黙って彼女を見ていると、んもー照れ屋さんだなぁ、と笑った。
照れ屋とか言う問題じゃ・・・だめだ、もうつっこむのはよそう。キリがない。
とにかく出ていってもらわないと着替えが出来ない。つまり部活が出来ない。
マネージャーが選手の練習を妨害するなんて考えられないことだけど、相手がこの先輩なら話は別だ。
なにもかもを自分のペースに巻き込んでしまうような人なのだ。あの部長ですら手に負えないのだから凄いなんてもんじゃない。
だからここは俺が潔く折れるしかないのだ。


「あれ、どこ行くの?」
「シャワー室です。誰かさんが部室を出てくれないので、そこで着替えてきます」


俺はジャージを片手にシャワー室へ向かった。なのに、じゃあわたしも、と言って先輩は椅子から立ち上がった。
・・・・・・・・・意味が分からない。何のために俺がシャワー室へ行くか、ちゃんと言ったよな?
誰かさんが部室を出てくれないので、そこで着替えてきますって言ったよな?もしかして通じてないとか?
いやいや、そこまでじゃあないだろう、いくらなんでも。
でも付いて来るってことは俺の言った事を理解してないってことでいいんだよな?・・・どうすれば理解してくれるんだ・・・・・・ホント疲れる。


「先輩?」
「何?」
「俺、着替えたいんです」
「うん分かってるけど」
「じゃあ付いて来ないで下さいよっ」
「いいじゃん気にしない気にしない!」


ああもう何だこの人!何だこの人!!


「ねぇ日吉くん」
「・・・・・・何ですか」
「恥ずかしいから言いたくなかったんだけどさ」
「じゃあ言わなくていいですよ」
「もう冷たい!」

可愛く言ったってダメですよ。
いい加減にしないと追い出しますよ?俺、本気ですよ?


「どこでもいいから日吉くんと二人になれる場所に行きたいの」



・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?
すみません、よく聞こえなかったんですが。今なんて言いました?
イライラしていた気持ちが一瞬にして戸惑いへと変わる。聞こえてないなんてのは嘘。
この静かな部室内で聞こえないなんてことは有り得ないことだ。
いや、待て。聞こえたことが彼女の本心なら、一体どういう意味なんだ?俺と二人になれる場所?いや、もう既に充分二人ですけど・・・。


「女の子から言わせるなんて罪な男だよね〜」
「は?」
「ホントに鈍感だなぁ〜・・・私は、日吉くんが好きなのっ!」


時間が止まったように思った。目の前にいる先輩は照れる様子もなく、腕を組んで仁王立ちしている。
いやいや・・・何かもう突っ込みどころがありすぎて何から突っ込んでいいかわからない。

「・・・で?どう?わたしと付き合うでしょ?」


しかも自信満々だ・・・そんな彼女を目の前にして俺がとった行動、それは・・・・・・


「あ!逃げたー!!」


シャワー室へ逃げ込むという情けない行動だった。
ガタガタとドアノブを回し何度もドアを押す彼女に対して、俺はドアを開かないように内側から押さえ込んでいた。
有り得ないくらいに脈打つ心臓。口から出そうなくらいにドキドキしている。
今までこんなにドキドキしたことなんてない。生まれてから一度も。まさかあの先輩が自分を好きだなんて・・・そんなこと考えたこともない。
誰からも愛される人が、こんな自分を好きになってくれるなんて思ってもいなかった。ありえない。ありえない。そう思っても、実際には有り得ているんだからどうしようもない。


「こっの・・・男らしくなああああああい!!!!」
「う、わっ!」


もの凄い音と共に、シャワー室のドアは全開・・・全壊した。ドアごとその場に倒れこんだ俺に、容赦なく先輩は覆いかぶさってきた。


「ちょ、ちょっと!!」
「逃げるなんてずるいよ!どうなの?!好き?!嫌い?!」


すごい剣幕に一瞬息を呑む。こ、怖すぎる・・・。
こんな告白が未だかつてあっただろうか。いや、ない。
ネクタイを掴みそのまま引き上げられて、ぐっと喉が詰まる。・・・死ぬ。
そしてそのせいで、先輩との距離も縮まって、さらに息が出来ない。・・・ホント死ぬ。
当たり前だが、こんなに近くで彼女の顔を見たことなんてない。俺の心臓はそろそろ限界に達していた。
だ、だれか・・・助けて・・・・・・!!


「好きか嫌いか言えばいいだけでしょ?」
「・・・っ」
「言わないと日吉くん・・・窒息死確実だね」


本気だ。この人、絶対に本気だ・・・っ!!くそ、腹を括るしかない。


「・・・・・・・・・」
「どうなの?」
「・・・好きか嫌いかで聞かれれば・・・好き、です」
「ん〜・・・・・・まぁいっか。許してあげる」


そう言うとパッと手を離し、立ち上がる先輩。
俺は勢いよく床で後頭部を強打し、その場で頭を抱える。じ、自由すぎる・・・なんて自由な人なんだ。
頭を抱えてうずくまっていると、先輩が俺に向かってこう言った。


「わたし本気だから。絶対日吉くんのこと手に入れちゃうからね」


そう言った先輩の顔を見ると、それは自信に満ち溢れていてきっと俺はあっという間にこの人の手の内に丸め込められてしまうんだろうな、と思った。
だけどそれが不愉快だとか、迷惑だとかそんなことは全然思わない。
そして俺は素直に、


「出来るなら、やってみてくださいよ」


そう先輩に向かって言い放った。
そうすると先輩は嬉しそうに、言ったね?と笑った。未だに床に座ったままの俺に、先輩は細い足を折り曲げて目線を合わせる。
そして、触れるだけのキスをすると、一言・・・

誕生日おめでとう、日吉くん

にっこりと可愛く笑い、壊れたシャワー室のドアから悠然とした態度で出て行った。
残された俺はその場でがっくりとうな垂れて、熱くなった顔を冷まそうと必死だった。
ずるいのは俺じゃない。先輩だ。余裕たっぷりで俺を翻弄して、俺のプライドをあっさり壊していく。
そう簡単に手に入れられてたまるか。
先輩こそ、俺のこと好きになり過ぎてどうにかなったって知りませんからね。










(20091204)