prayer





「ひ、日吉!わたし、日吉の事、好きかもしれない!」
「・・・もっと可愛い告白出来るようになってから出直して下さい」


わたしの渾身の告白は、日吉の冷笑と共に散った。なんていうか、その、フラれたらしい。





「ねぇ、鳳。なんかフラれたみたい、わたし。あはは」
「・・・なんでそんなに明るいんですか」


鳳は呆れた顔をして、わたしを見ていた。明るくでもならなきゃ、やってられないと思うんだ・・・。
俯くわたしの頭を、鳳は仕方なさ気に撫でてくれた。まるで可愛くない、とでも言いたげなあの表情。
というか、言動。めちゃくちゃ傷つきました・・・。


「・・・何が悪かったんだろう・・・顔かな、やっぱり・・・」
「その言動じゃないですか・・・?」


鳳はボソッと呟いたけれど、わたしのあの態度は直しようがない。
好きな相手には意地悪で可愛くない言い方をしてしまう。
以前それを宍戸に言ったら「お前はガキか!激ダサ!」と卑下されたけど、直らないのだから仕方ない。


「ていうかお前、日吉の事好きだったのかよ」


今更すぎるよ、宍戸。深いため息を落とすと、宍戸までもが同じようにため息をついて「激ダサ」と呟いた。


「・・・宍戸。いたの?」
「お前より先にいただろうが!」
「宍戸さん!先輩に怒っちゃダメです、キリないです!」


鳳め。正論すぎてムカつく。宍戸はいつからここにいて、どこからわたしの話を聞いていたんだろう。
きっと最初からいて、フラれた事もばっちり聞いてたんだろうけど。


「・・・宍戸っていやらしい・・・」
「なんでそんな話になるんだよ!」
「宍戸さんっ、落ち着いて下さい!」


宍戸はぷんすか怒って「俺は別にスケベじゃねー!」と言った。
誰もそんな事は言っていない。わたしは宍戸を無視して、鳳に向き直った。


「で、わたしは普段の言動が悪かったのかな」
「十中八九間違いねえだろ」
「あれなら普通、嫌われてると思っちゃいますよ」
「・・・そうだったの?」


わたしは今までそんな事、考えた事もなかった!そうか、日吉も一応人間なんだ。
あれだけ無愛想でも、一応人間なんだ。嫌っているような態度をとられれば、そりゃ嫌だよね。
ちょっと言い方を変えてもう一度伝えてみようかな。わたしは決心して頷いた。


「あ、日吉だ」
「え!」


いや、やっぱりやめておこうかな!と、わたしは決心をどこかに吹っ飛ばしてしまいそうになった。
鳳の言葉に思わず振り向くと、そこには不機嫌そうな日吉が腕を組んで突っ立っていた。


「・・・日吉」
「何してるんですか、こんな所で」
「・・・相談」
「みっともない真似しないで下さい」


ぴしゃりと言い放つ日吉。
いつもの癖で思わず言い返しそうになったけど、わたしはぐっと堪えて日吉の腕を掴んだ。


「何です」
「日吉、リベンジ!」
「は?」
「も、もう一回、告白する・・・」
「・・・もういいです」
「え!」


人が折角勇気を出して言ったのに、日吉はなんて冷酷な人間なんだろう!
面倒そうにため息をついて、日吉はわたしの手を振り払った。鳳と宍戸の顔が歪む。
バカ、これくらいじゃわたしは泣かないんだよ!


「日吉が出直せって言ったくせに、無責任・・・!」
「アンタなぁ・・・」


くるりと振り向いた日吉は挑戦的な目付きをしていた。
応戦しようとキッと睨みつけた瞬間、わたしの視界は鳳のでかい図体で塞がれた。
鳳は少し屈んで、わたしの耳に唇を寄せる。


「ダメですよ、先輩!そういうのは二人きりの時に言った方が・・・」


鳳が屈んだ事で、向こうが見える。
日吉は今にも噛み付きそうな顔で、わたしを睨んでいた。なんなの、一体・・・日吉は、そんなにわたしの事が嫌いなの?
どんどん悲しくなってきた。泣き出す前に日吉の腕を引っ張って、わたしは教室を飛び出した。





前にも日吉に告白した裏庭へと足を進めていると、日吉は呆れたように立ち止まった。


「何・・・?付いてきてよ」
「また裏庭かよ・・・」
「ダメ?」
「落ち着いて話も出来ない。話にならないですね、こっちに来て下さい」


日吉はわたしの手を握ると、手近にあった部室へとわたしを連れ込もうとした。
カードを取り出す日吉の手首を掴むと、日吉は忌々しそうにわたしを見下ろす。


「邪魔するな」
「だって、ダメだよ!わたし、部員じゃないし・・・」
「俺が部員だからいいんです」


日吉は力強くわたしの腕を引っ張って部室に押し込んだ。
少し呆然と立ち尽くした後に振り向くと、丁度日吉が鍵を掛けるところだった。
ソファに座るように促されるけど、きっとこのド派手なソファは跡部専用のものだ。
わたしがおそるおそる座ると、日吉が隣に乱暴に座った。そして体ごとわたしに向き直る。


「で、何です」
「え?」
「・・・言いたい事があったんじゃないんですか?」
「あ、うん。えーっと・・・」
「さっさとしてくれませんか」


なんてせっかちな!睨みつけると、日吉はフンと鼻で笑った。


「日吉って可愛くないよね・・・わたしみたい」
「・・・アンタは別に可愛くないわけじゃないです」


驚いた。じゃあ、どうしてわたしはフラれたの・・・?
振り向くと、日吉は不貞腐れた顔でそっぽを向いていた。・・・わたしに、興味がないのかもしれない。
わたしは急に現実を突きつけられた気がして、悲しくなった。
泣きそうになって俯くと、頭上から相変わらず可愛くない日吉の嘲笑が聞こえる。


「・・・日吉、ごめんね」
「何がです」
「しつこくしてごめん。わたし、すっぱり諦める」
「は?」
「日吉の事、すっごく大好きだったよ。それじゃあ、ね。」


立ち上がった途端、日吉の「待て」という低い声と一緒に、腕を引っ張られた。
バランスを崩して、わたしは日吉の太ももに真正面から跨る体勢となった。


「ご、ごめん!」
「いい、そのままで。どうして諦めるとかいう話になるんですか」
「え・・・だって、日吉にフラれたから・・・」


日吉は至近距離から怒った顔で、わたしを見ている。
わたしは恥ずかしいやら怖いやらで、左右に視線を迷わせた。日吉はガッとわたしの肩を掴むと、更に顔を近付けてきた。ち、近い!


「俺がいつアンタをフリました?俺は出直せ、と言ったんです。人の話も聞けないんですか」
「日吉・・・やっぱり可愛くない・・・」
「・・・アンタは可愛いです」
「えぇっ!?」


ひ、日吉が変だ・・・!あの日吉が・・・甘い言葉を囁いている!?
面倒くさそうな顔で、日吉はわたしの髪を不器用に撫でた。


「アンタが・・・好きっぽいとか、曖昧な事言うからです」
「それが可愛くなかったんだ・・・」
「別に可愛くないとかじゃない。ただ・・・腹が立っただけです」
「ハッキリしないのは嫌だったの?」


日吉の顔を覗き込むと、物凄く嫌そうに眉を寄せられてしまった。
そんなに嫌なの・・・と落ち込んでいると、日吉の顔が見る見るうちに真っ赤に染まってわたしは驚いた。
もしかして・・・照れている・・・?じーっと見つめていると、日吉は気まずそうに視線を逸らした。


「・・・俺はアンタの事が好きだと、こんなにもハッキリしてるのに、アンタがそんなだから腹立ったんです」
「え・・・?」
「二度も言いませんよ」


次にこっちを向いた日吉は、すごく格好良い顔をしていて、わたしは惚れ直してしまった。


「日吉・・・好き・・・」
「フン・・・そうやって素直に言えばいいんですよ」


呆然と呟くわたしに、余裕たっぷりに笑う日吉。日吉は素直に好きと言われたかったらしい。
それなら素直にそう言えばいいのに。やっぱり可愛くない日吉!
わたしは嬉しくなって、日吉にギュッと抱きついた。


「可愛くない日吉が大好き!」
「もう聞きました」


本当にわかってるのかな・・・日吉はもう面倒そうにわたしに「降りて下さい」とか「重いんです」とか文句を付けている。
わたしは日吉の頬を両手でバチンと挟んだ。


「何するんです」
「聞いて。日吉、本当に大好き。日吉以外、目に入らない」


日吉はハッとしたような表情をした後、いつもの可愛くない生意気そうな顔に戻って、逆にわたしの頬を両手で挟んだ。
そしてじっと睨みつけてくる。


「・・・日吉、何?」
「・・・アンタ・・・ムードの欠片もない人ですね」
「ムード?」
「さっさと目瞑ってもらえませんか」
「え!や、やだ日吉・・・恥ずかしいよ」


日吉はフッと笑って、片手でわたしの肩を掴んだ。
もう片方の手で、わたしの髪の毛を耳にかけると、顔を近付けてニヤリと笑う。


「さっきと全然違うな・・・」


了承もなしに、日吉は突然わたしに口付けた。目を瞑る暇もなかった。
すぐに離れて、目を開いた日吉は呆れたようにため息をついた。


「あれ?おわり・・・?エッチな事をするのでは・・・?」
「・・・馬鹿ですか、アンタ。順番すっ飛ばしすぎです」
「え、あ・・・ご、ごめん・・・」
「にしても、もっと色気ある表情とか出来ないんですか、まったく」


日吉はつつっと、わたしの顎を人差し指でなぞった。
くすぐったくて身じろぐと、日吉は満足そうに不適な笑みを浮かべる。


「ま、俺がそのうち出してやりますよ」
「えっ!」
「さ、もう行きますよ。授業が始まる」
「え?やだ、本当だ・・・あ、置いて行かないで!」
「・・・ったく」


面倒そうにしながらも、日吉は立ち止まると、見た事もない優しい笑みを浮かべた。
わたしが驚くのも気にしない日吉は、フッと笑ってわたしに手を差し伸べる。


「ほら、待っててやるから」
「日吉が優しい・・・変だ・・・」
「・・・置いて行きます」
「うそうそ!ごめんってば!」


置いて行く、なんて言いながらもいつもより歩調がゆっくりな日吉。
もっと速くても追いつけるけど、もっと日吉と一緒にいたいからそれは黙っていようかな。






(20101205)