I'm so pleased.






「え、外真っ暗じゃん!」

部室の時計を見れば、もうすぐ9時になろうとしていた。私はノートに筆箱、携帯、部活の資料を鞄に入れ、部室の鍵を手に取り、慌ててそこを飛び出した。暗くて静かな廊下。こんな時間に残っているのは先生か警備の人くらいだろう。私は足早に昇降口へ向かい、さっさと靴を履き代え、門をくぐった。



「暑・・・」



夜風はぬるく、アスファルトから伝わる熱気に頭がクラクラする。毎年夏が来るたびに暑さが増しているように思うが、今年の暑さはきっと異常だ。

「女の子が夜道一人で歩いてたら危ないぞ〜?」
「・・・・・・・・・」

聞き覚えのある声が背後から聞こえた。振り返ると同じクラスの向日岳人が自転車に跨がってニヤニヤと私を見ていた。

「よっ」
「・・・てか何今の。かなりキモかったよ」

危ないぞ〜?って・・・一体何キャラなんだ。

「まぁいいじゃん。つか今帰り?」
「うん。向日くんは・・・部活?」
「そ。練習終わってミーティングしてたらこんな時間になってさ」
「ふぅん」

向日くんは自転車から降りることなく、器用に私の歩くスピードに合わせて隣を走る。それを見て、先帰っていいよ、と言おうとしてやめた。何だか嬉しくて。

「あっちーよなー」
「だね」
「あ、そーだ。さぁ政経得意?」
「得意じゃないけど・・・嫌いではない。何で?」
「明日課題提出じゃん?」
「・・・見せてあげないよ」
「いーじゃん!お前んちまで送るし丁度いいだろ?」

何が丁度いいんだ・・・と心の中で呟いた。でもこうやって2人で話せる機会なんてないし仕方ないから送らせてやるか。

「向日くんてさぁ」
「何だよ?」
「なんか・・・いいよね」
「はぁ?何だよそれ」
「何だろね〜?」
「・・・・・・・・・」

ぴたりと黙り込む向日くんの表情を横目で盗み見る。辺りが暗いせいで彼の頬がピンク色に染まっているかはわからなかった。でもきっと照れてる。

「お前、誰にでもそーゆーこと言うわけ?」
「まさか。滅多に言わないよ」
「それはそれで・・・なんつーか・・・・・・ああもう!」

そう言って向日くんはぐん、とペダルを踏み込んだ。そのせいで一気に私との距離が開いた。やっぱり照れてる。それが何だか楽しくて彼に見つからないようにクスクスと笑った。

「あ、私の家そこ」

向日くんが丁度自転車を止めた場所が私の家。門の前で私を待つ向日くんに駆け寄った。

「ちょっと待ってて」
「・・・おう」

私は門を開けて、玄関の扉を引くとぱたぱたと階段を駆け登った。部屋の電気を点け、机の上に置いたままの課題を手に取り、次は階段を駆け降りる。扉を開けば、暗闇に浮かぶ赤い髪の彼がにっこり笑う。

「早えーな」
「待たせちゃ悪いじゃん」

はい、と課題を手渡す。とその時、よー向日じゃん、と誰かの声が左方向から聞こえて来た。そこにはクラスメイトの男子がコンビニ袋を下げて、こちらに向かって歩いて来ていた。

「あれ、ここんち?」
「そう」
「ふぅん・・・・・・ってそれ明日提出の課題じゃん」
「いいだろ〜?お前には貸さねーぜ?」
「それ私のだし」
「つーか何お前ら・・・もしかしてぇ〜・・・」

ニヤニヤといやらしい顔で私と向日くんを交互に見るクラスメイトに、私ははぁとため息をついた。

「そんなんじゃ」
「ばれた?俺ら付き合ってんの」
「え、ちょ、何言っ」
「こいつ照れ屋なんだよなー。可愛いだろ?つーかお前空気読め!」
「へーへーすんませんでした〜」
「ちょ、ちょっと待っ!」

私が彼を引き止めようと一歩踏み出すと、向日くんはそんな私の腕をぐいっと引っ張った。びっくりして向日くんに振り返ると、いーじゃん別に、と小さく言った。

「いーじゃんって・・・」
「ホントに付き合えば嘘になんねーし」
「え?」
「俺、のこと好きだから、そうなったら嬉しいけど」

向日くんは腕を離すと、持っていた課題で私の頭をぽんっと優しく叩いた。叩いたというより乗せたと言った方がいいかもしれない。どっちにしろ私はぽかんとしたままだったけど。

「返事はいつでもいーぜ。ついでにこれサンキューな」

じゃ、また明日〜、と何事もなかったかのように向日くんは自転車を漕いで、去って行った。小さくなった彼の背中を見て、ようやく大きく動き出した心臓。

「・・・何よ今の」

熱くなった顔を両の手で包み込んで、私はその場にしゃがみ込んだ。

「だめだ・・・嬉しすぎる・・・」

そう小さく言って、私は一人笑った。もう返事は決まってる。私は勢いよく立ち上がると、彼目掛けて駆け出した。





(20090330)