with a surprised look





―――ごくっ
自分の喉から聞こえた音が大きくて、ちょっと驚く。

体育祭は毎年の事ではあるけど、毎年いちいちビビってしまう。
保護者席を見てドキドキしてから、生徒が並んでいる列を見て更にドキドキ、更には、これから走り回らなければならないグラウンドの広さを実感して眩暈を起こしそうになる。
体育祭なんて、なくなっちゃえばいい。
・・・なんて思っているのは、わたし一人のような気がする。真ん中で騒いでるのは跡部様かな・・・騒いでるなんて言っちゃ失礼か。
なんか長ラン着るとか言ってたもんなぁ。女の子がいっぱい。

「おいっ」
「あ、向日くん」

跳ねるような歩き方のせいで、ピンクのはちまきが一緒に、ぴょんぴょんと跳ねる。
向日くんに話しかけてもらえたのが嬉しくて、笑みを浮かべたまま走り寄った。わたしが身に付けている同じ色のはちまきも、ぴょんぴょんと跳ねて、視界を横切る。

「お前、何やってんだよ。集合かかってるぜ!」
「えっ」

いつの間に!?きっとわたしが、ぼーっとしてる間にだ・・・。
向日くんは連行するようにわたしの手首をぐいぐいと引っ張りながら歩き始めた。小さい小さいと心の中で思っていたのに、手はしっかりと男の子の手で、ちょっとびっくり。

「向日くん、手大きいんだね」
「これから伸びるんだよ」
「手が?」
「背に決まってんだろ」

クラスの列に到着すると、みんなが「またか」と笑っていた。恥ずかしい・・・。
精一杯謝って、全員揃ったところで・・・というか、揃っていないのはわたしだけだったようなんだけれども・・・とにかく、リレーと障害走系の競技の走者を決めるらしい。
リレーはどうせ選ばれないからいいとして、障害走は大事なところだ。いつもは何に関しても「なんでもいいよー」のわたしだけど、こればかりは自分の意思を主張していかないと。

「お前、どうすんだよ」
「・・・出来れば、借り物競争がいい」

何か一つは必ず出なければいけないし、足が遅くても運でどうにかなるような競技にしてもらわないといけない。
となると、これしかない。これ以外は全滅だ。向日くんは「ふーん」と、どうでも良さそうに相槌を打ったかと思うと、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を上げた。

「おーい!が借り物競争がいいってよ!」
「ちょ、ちょっと、向日くん・・・!」
「えー、さんが?でもなぁー」

体育委員の子が、渋い顔をしている。そりゃあそうだ。
借り物競争は一番人気の競技だし、わたしの我侭一つで決められるものじゃない。多分、これからジャンケンになるはず。
尚も立ち上がって主張し続ける向日くんのシャツを引っ張りながら、小声で「もういいよ!」と言ったけれど、向日くんが引き下がる気配はない。肩身狭いってば・・・!

「考えてみろよ。負けたくねーじゃん?コイツまともな競技に出したら、間違いなく俺らのクラス不利だぜ?」

向日くん・・・説得の仕方がひどい・・・いくらわたしが運動音痴だからって・・・。
しかも周りの子達も、どんどん「そうだよね」とか「もうそれやらしとけば良くね?」とか、なぁなぁな雰囲気になっている。
クラスで発言力がある向日くんの説得にあっさりと負けたのか、体育委員の子も、「確かに」と頷いていた。

「じゃあ、さんは借り物ね。頑張ってね」
「頑張れよ!」

ぽん、と肩に置かれた向日くんの手が、プレッシャーで重い・・・。
でも、良かった。徒競走とかだと、やる前から結果見えちゃってるし。
ここまでしてもらったんだから、お願いします神様!簡単な借り物が当たりますように!

、困った事あったら俺に言えよ」
「え?」
「借り物!無茶なもんとかでも、俺に任せとけって」
「向日くん・・・本当にありがとう」
「おう!」

向日くんはニカッと笑ってくれた。ああ、これは意地でも一位を取らなきゃ!
そして、もらった一位のリボンを向日くんに見せるの。向日くんのおかげだよ、って感謝の言葉を送りたい。
微笑み返したところで、現在競技中のグラウンドから「ぬおおおお!!!」とか、すごい声が聞こえて、一気に自信がなくなった。
みんな本気すぎだよ・・・本当に、大丈夫かな。

「おい、ちょっと後ろ向け」
「え?」
「いーから。ハチマキほどけかけてるぜ」
「えっ、うそ!」

背中を向けると、向日くんがハチマキを結びなおしてくれた。きゅ、とチョウチョ結びにしてくれた感覚がある。形を整えながら、向日くんは不思議そうな声を上げた。

「なー、やっぱ女子は桃組って嬉しい?」
「うーん、そうだね。ピンク色のハチマキとかは可愛いから・・・うん」
「ふーん、じゃあいっか。俺は正直嫌だったんだけどよ」

結び終わった向日くんが正面にまわって、顔を覗きこんできた。
確かに、男の子からしたらピンク色のハチマキなんて嫌なのかもしれない。向日くんは視界の端をひょいひょいと横切る自分のハチマキをつまみ上げて、ちょっと笑った。

「お前が可愛いとか言うなら、いっか」
「・・・どうして?」

わたしが、ってところが嬉しかったけれど、それと同時にわたしを気に掛ける理由が謎だった。
向日くんは「聞くかよ、普通」と悪態付きながらも教えてくれた。

「なんかお前ってさ、体育とか、運動する時、すっげー嫌な顔しながらやってんじゃん?」
「えっ、バレてた?」
「バレバレ!お前トロいしさ、運動好きじゃないんだろ」
「・・・うん、大嫌い」
「知ってる。で、そんな運動音痴すぎるお前が、体育祭なんつー迷惑すぎる行事の中で、唯一喜べる事だと思うとさ、ピンクのハチマキも悪くねーかなって」

向日くんは自分のハチマキの端を持ち上げて「髪の色にも合ってるし、悪くねーだろ」とニッと笑った。
一方、わたしは困り果てていた。というのも、わたしは向日くんが大好きなのに、そんな嬉しすぎる事言われて、そんなニヒルに微笑まれたら・・・

「はっ!?ちょっ・・・お前、何泣いてんだよ!」
「うっ、嬉しくて・・・」
「い、意味わかんねー!恥ずかしい奴だな、泣き止めって!おい!」
「いたっ!」

バシバシ叩かれて、普通なら泣き止まないのに・・・というか、向日くんに触られると嬉しくて余計泣く。
ぐじぐじ泣いていると、周りから「向日が女泣かせてる」とか、ぼそぼそ言われて恥ずかしかった。
余計、顔上げられないよ・・・。

「あー!クソクソ!こっち来い!借り物競争、始まっちまうぞ!」
「う、ん・・・」
「な、大丈夫か?走れる?」

顔を覗きこんできた向日くんの顔が近くてびっくりしたけど、わたしはすぐに頷いた。
だって、一位取るって決めたんだもん。

「よし、いい顔してんじゃん。頑張れよ、応援してっから」

ぽんぽんと頭を撫でると、わたしを見送ってくれた。
・・・けど、不安すぎる。しかも、集合に遅れたせいで第一走者にされてしまった。泣きそうになりながら「そんな!」と言ったけど、委員会の人には無視された。ひどい・・・。

「いちについてー」

借り物が書いた紙があるゾーンの辺りの観覧席に、クラスの子達が固まって座っている。
みんな一様に、不安げな表情を浮かべていた。そんな表情をさせて申し訳ない・・・だから、頑張る!

「よーい!」

パンッ、って音がした時点で出遅れてた上に、やっぱり借り物が書いた紙がある所まで行く中では、断トツのビリだった。
うちのクラスの委員長の顔がこわいよ・・・!そして、急いで取った、というか残っていた一枚の紙をひっくり返して、絶望した。

!何やってんだよー!」
「早く早く!さん!中身なに!」

観覧席から野次が飛ぶ。わたしは紙の中身を見つめながら、棄権するか迷った。それくらいパニックに陥っていた。
けど、向日くんが「頑張れ!」って叫んでくれたから、覚悟を決めた。
観覧席へと一直線に走って来るわたしを見て、みんなが頭にクエスチョンマークを浮かべている。
わたしは人を掻き分けて、向日くんの腕を引っ張った。

「一緒に来てください!」
「は?俺?いいぜ」

あっさりと立ち上がって、わたしの手をきゅっと握って走り出す向日くん。
背後では「中身なんだよ、チビとか?」とか「おかっぱ?」とか「電器屋?」とか呟かれていて、向日くんは一瞬振り向いて「うるせー!黙って見てろ!」と叫んだ。

「よし、一位取ろうぜ!」
「うん!」

走者はわたしのはずなのに、わたしの前に向日くんの意外に広い背中が見える。
時たま振り向いて笑うから、転びやしないかと心配したけど、向日くんの俊足についていく自分の心配をした方がいいと思った。
一番にまっさらなテープを切ったのも、向日くんの体だったけど、わたしは自分が一位を取ったという事実が不思議で不思議でたまらなかった。
きょとんとするわたしを、向日くんがぎゅうっと抱き締めてくれる。

「やったじゃん!!一位だって、一位!」
「う、うん・・・!」
「あれっ、泣いてんのかよ。嬉しい?」

こくこく、とただ頷くわたしの胸に、向日くんは「ちょっとごめん」と言いながら、一位のリボンを付けてくれた。
付けながら、向日くんは「そんなに泣くなよー」とからかうように笑っていたけど、ふと「あ」と声を上げた。

「そういや、借り物・・・っつーか借り人だけど。何だったんだよ?」
「えっ・・・いや、それは、」
「お前、隠蔽する気かよ!貸せ!」
「あっ!」

わたしの手元でぐしゃぐしゃになっていた紙を引っ手繰ると、向日くんはそれを見て真っ赤になってしまった。
あまりに夢中だったから『好きな人』なんて直球すぎる要求にも、素直に応えてしまった。けれど、よく考えたら、好きな異性じゃなくて、好きな友達とかでも良かったんじゃ・・・なんて、やっと気付いて少し後悔。

「なぁ、これ・・・俺を、ちゃんと選んだって事?」
「・・・うん」
「・・・ヤバイ」
「えっ?」
「超、うれしい」

・・・やっぱり後悔なんて、してない!口元を押さえたまま、嬉しそうに微笑む向日くんの顔は、一位のリボンよりも嬉しかった。






(20090912)