in a short time
「やい、」
「何よ」
シャープペンで背中を突付かれ、わたしはちょっと嫌な気分で振り返った。
わたしは日直の仕事で忙しいのだ。岳人はさっさと部活に行けばいいと思う。
「俺と付き合えよ」
「・・・は?」
それは、爆弾発言だと思う!
「が、岳人・・・アンタ友達だと思ってたけど、わたしの事好きだったの!?」
「ちげーよ!」
わたしは意味がわからない、と思った。だったらなんでわたしと付き合わなきゃいけない?からかっている?
ものすごく戸惑っているわたしを尻目に、岳人は椅子をギーギーと音を立てて揺らして遊んでいる。
「最近さー」
「うん。何?わたしの事好きでたまらないの?」
「・・・最近さ」
「無視しないで」
「だからお前の事好きなんじゃねーって。最近俺告白されたんだけどよ」
「ふーん」
まぁテニス部ってみんなモテるみたいだし、よくある事なんだろうと思って流した。
すると岳人は慌てたように「反応なしかよ!」と言ってきたので、よくある事ではないらしい。
「でよ、断ったんだ」
「もったいない!」
「いや、俺にだって選ぶ権利ぐらいあんだろ?でもその子結構しつこくてさ」
「うんうん」
「彼女いるって嘘ついちった」
「・・・で、その彼女役をわたしに押し付けようと?」
「そう。結構ストーカー気質な子でさー断ったのにまだ俺の周りうろちょろしてんの。だから付き合ってくんねー?」
「やだよ、何それ。他の子に頼んでよ」
「他の女じゃダメだって!お前の名前言っちまったもん!」
「えー!?」
なんか知らないけど、そういうワケでわたしと岳人は付き合う事になった。
あれから二ヶ月くらい経って、周りにもわたしは岳人の彼女だと認識されてきた。でもお互い好きでもなんでもないからキスはおろか手を繋いだりもしない。
というかずっとしないと思うんだけど。だって、なんていうか、違うし。ちゃんと付き合ってるんじゃないし。
わたしも別にちゃんと男の子と付き合いたいとか思った事ないし、このままでいいって思ってた。岳人の彼女のままでいてあげようって。
でもそれは今日、変わってしまった。
「岳人」
「あ、侑士。なんだよ?」
一目惚れだった。彼の名前は侑士というらしい。
わたしは初めて、岳人と付き合って良かった!と思った。こんな素敵な人を見つけられるなんて。思ってもみなかった。
「・・・へー可愛いの連れとるやん。彼女?」
「そうだぜ。な、」
「え!」
そうだった。わたしは岳人の彼女・・・という事は、もう一人彼氏を作る事は不可能・・・。
「岳人、ちがうよ!」
「は?・・・あ!お前!」
バラす気だろ!とでも言おうとしたに違いない。それを遮ってわたしは言った。
「岳人とは別れる!」
「はぁ!?」
「ちょぉ待ち・・・落ち着き、お嬢さん」
お嬢さん・・・!お嬢さんって呼ばれてしまった!
わたしはつい照れてしまった。岳人はおもしろくなさそうにわたしを見て、腕を引っ張る。
「何言ってんだよっ」
「もう岳人と仮面夫婦続けるのやめる。わたしもちゃんと彼氏ほしくなった」
「俺だけ置いてくんじゃねーよ!」
「知らないよ、そんなの!」
侑士くんは、わたしが発した”仮面夫婦”というワードがツボにハマったらしい。
岳人の横で、ひたすら笑い続けている。
「とりあえず、そういう事で。もういい加減、いいでしょ」
「まだダメ!」
「もう、しつこい!岳人もちゃんと恋しなよ!」
わたしはそう言って岳人の肩を叩いた。普段のわたしなら絶対に口にしないであろう”恋”という言葉を聞いて、心底気持ち悪そうにしている。
わたしはご機嫌でその場を去った。
今日のわたしはツイている!帰ろうと思ったら、玄関のところに侑士くんを見つけてしまった。
しかもラッキーな事に一人。
「侑士くん!」
「ん?・・・あぁ、昼間のおもろいお嬢さんやないの」
「あの、一緒に帰りませんか!」
「自分、岳人はええんか?」
「・・・別れたところ見てたじゃない」
「そやったな。堪忍。ていうか、なんなん?あの仮面夫婦って」
侑士くんは一緒に帰ってくれるらしい。わたしの横に並んで小さく笑う。
この人になら話しても大丈夫だろうと思って、わたしは岳人と付き合っていた理由を全て話した。
「へぇ。そうやったん」
「そうなの。でもわたしもちゃんと恋したいと思ったから、もうやめたんだ」
「そう・・・それ、俺のせい?」
「え?」
わたしは侑士くんという人に気軽に近づいた事を後悔し始めていた。
侑士くんは少し腰を屈めてわたしの顔を覗き込む。そんな色っぽい顔されると、本気で好きでたまらなくなってしまう。
「自分、色っぽい顔するやん。照れたん?」
「ゆっ、侑士くんっ!」
「・・・ふーん可愛えな」
そう言う顔も、思わせぶりな表情。これが、この人の素なんだろう。
きっとこれからこの人に散々振り回されるんだろうな、と思うとなぜか楽しくなってくる。
「侑士くん、彼女いるの?」
「何?自分狙ってんの?光栄やなぁ」
「え!」
なんて自信満々な人!まぁこれだけ格好良かったら、自信満々にもなるよ。
うらやましい。やっぱり彼女くらいいるかな・・・。
「おらんよ」
「ほんとに!」
「せやけど、どうしよか・・・自分、一応岳人の元カノなんやろ?岳人は別れるん納得してへんみたいやったし」
「彼女なんて大層なものじゃなかったと思うんだけど・・・」
「お嬢さんと付き合うたら、岳人が嫉妬しそうやしなぁ」
ふわりと近づく顔。眼鏡かけてるし、よく見えなくて顔を近づけるのがクセなのかも。
ドキドキするけど、クセなら仕方ないとその場に立ち尽くしていた。すると、顔がどんどん近づいてくる。
避けなきゃ、と思った時にはもう唇が合わさっていた。
「あ、堪忍な。触れてもうた」
「ゆ、ゆゆゆ、侑士くん!?」
「何?自分俺の事誘惑してたんとちゃうの?」
「ちっ、違います・・・たぶん!」
「多分、ね・・・。お嬢さんから告白してくれるんやったら付き合うてもええよ」
「え!?」
あまりに簡単に事が進んで、わたしはひどく驚いた。現実ってどれもこんなものなんだろうか?
男の人と付き合った事ないから、よくわからない。あ、岳人は別として。あれは全然別物だと思う。
「えーっと・・・?」
「何?言うてくれへんの?俺から攻めてまうよ?」
「へ?あ!きゃぁっ」
また侑士くんの顔が近づいてきたから、わたしはひどく驚いて転んでしまった。
そこに侑士くんが覆いかぶさるように跪いた。
「ドジやなぁ。大丈夫?」
「へ、平気ですっ!あの、起きます・・・」
「はい、どうぞ」
「どうぞって・・・」
侑士くんが避けてくれなきゃ、起き上がれない。このまま起き上がったらまた唇がくっついてしまうし。
困った顔で見上げると、侑士くんがフッと笑った。
「自分、純情そうやなぁ・・・男とちゃんと付き合うた事ある?」
「な、ないです・・・」
「やっぱりな。可愛えわ・・・自分、ホンマに俺と付き合う気あるん?」
「え!っと、その、あの・・・侑士くんの事は好きっていうかその、一目惚れして」
もう自分が何を言っているのかわからない。侑士くんの顔が近くて、もう何も考えられなくなってしまう。
笑うと、更に色っぽくなる侑士くん。わたしはもう限界点を突破していて、今にも倒れてしまいそうだった。
「じゃあ決まりや。俺と付き合い?な?」
「え!い、いいの・・・?」
「ええよ。大事にしたるわ」
侑士くんはわたしの腕を引っ張って立ち上がらせると、そのままわたしを抱きしめてキスをした。
この人は、一体なんなんだろう・・・?わたしはもうワケがわからなくて、顔を赤くして黙っている事しかできない。
「自分ホンマに可愛いなぁ・・・惚れてもうた」
「え!?」
「しばらく岳人には黙っとき。八つ当たりされたら適わん」
そう言って、また顔を近づける侑士くん。そして人差し指を唇に当てて、ウィンク。
またあまりに色っぽい行動に、ふらりと眩暈がする。
「おっと。危ないやん、自分・・・綺麗な体に傷でも付いたらどないすんねん」
ああもう!これから毎日幸せに過ごせそうです!
(20101015)