「忍足がモテない理由がよくわからない」


わたしがキッパリとそう言い放った瞬間、一斉にみんなからブーイングが起こった。
放課後に女の子が集まって好きな人の話、はたまた恋愛感の話をするのは定番だと思う。
流れでコイツだけは付き合えないという男子は誰?という話になって、一斉に出た名前。
それが、


「忍足ぃー!?ナイナイナイ!」


・・・だった。
わたしが先ほど言い放った言葉のせいで、みんなは「キモイキモイ!」と騒ぎ出す。
みんなはあまりに驚いたのだろう、わたしが持ってきたポッキーがぐしゃりと握りつぶされていた。


「え、何。それじゃあは忍足が好きなの?」
「・・・少なくとも、みんなが騒いでる日吉とか芥川よりはいいと思うなぁ」
「うわ、若様を冒涜してるよ!このコ!」


またブーイングが起こってしまった。
しかしワカサマって・・・そっちの方がどうなのそれ。


「しっかしの好みのタイプがあのボサ眼鏡とはねー」


・・・そのあだ名も、どうなんだろう。
否定するのも面倒で、わたしは頬杖をついて「ほっといてよ」と呟いた。













噂が広まるのは、早い。
恐ろしいくらいに、早い。


「お前、マジで侑士に惚れてんのかよ?」
「趣味悪ィなお前、激ダサ」


わざわざテニス部の連中が問い詰めにくるくらい、早い!
イライラと机を人差し指で叩く。それにも気付かない鈍感な向日と宍戸は、人のお菓子を勝手に貪りながら、わたしを見てニヤニヤ笑っていた。


「普通、ただの噂くらいでわざわざそんな事聞きに来るかなぁ!」
「俺は同じクラスだから、別にいいだろ」
「俺は侑士とダブルス組んでるし、別にいいだろ」


どっちも理由になってない!
大体、宍戸なんかお腹がすいた時くらいしか普段は寄って来ないくせに、何なの。
わたしはバカらしいとばかりに立ち上がろうとしたけれど、横から向日が腕を引っ張ってくる。


「邪魔だよ、向日」
「まぁ座れって。で、マジかよ?」
「別に好きとか言った覚えはない。ただ日吉や芥川よりは好みだと言っただけで、」
ちゃんヒドいCー」


というか、いつ来たの!芥川はシクシクと泣くふりをしながら、堂々とわたしの机の上で眠り始めた。
意味がわからない、テニス部・・・。


「アイツ女子受けマジで悪いんだぜ」
「近寄るだけでキモイとか言われてるのよく見るしな」
ちゃん、物好き・・・ぐー」


ただの寝たふりか・・・芥川を机の上から突き落とし、わたしは面倒臭いこの場から逃げ出そうと教室のドアを開けた。
丁度誰かが教室に入ろうとしていたらしい。ドスン、と思い切りその人の胸に顔をぶつけた。


「あ、ごめ・・・!?」


顔を上げて、愕然とした。そこには噂の張本人の忍足が!
わたしの席はドアのすぐ隣だし、会話を聞かれていた可能性が高い。

なんか怒ってるっぽいし、気まずい・・・!


「や、やぁー・・・忍足じゃーん・・・」
「お前、ちょおこっち来いや」
「そんなヤクザみたいな口調で言わなくても・・・」
「ええから来いっちゅーとんねん!」


ぐいぐいと無理に引きずられ、人気のない裏階段へ連れて来られたかと思ったら、忍足は両手でポケットをごそごそと探り出した。
首を傾げてそれを見つめていると、忍足はキッとわたしを睨んだ後、ポケットの中身を床へぶちまけた。


「なっ・・・忍足、バカ!?しまって!」


床にぶちまけられた、大量の避妊具。
顔をそむけるわたしの視界に無理矢理入ってくる忍足は、わたしの目の前に指先で摘んだそれを突きつけた。


「お前のせいやで」
「な、何が・・・!?」
「朝練終わって制服着たらこの様や!お前が妙な事言いよるから、からかわれとんねん!」
「そんな事わたしに言われても・・・」


わたしにどうしろと。
見上げると、忍足はむっとした顔になって、わたしをじりじりと追い詰めた。
後ずさりしても、そこには壁があるだけ。


「お、忍足?」
「責任取ってや」
「は?」


突然、わたしの顔の横にバン!と手を付いた忍足。
忍足は唇の右端を持ち上げて笑っていた。その笑顔が妙に不気味で寒気が走る。


「俺の事・・・嫌やないんやろ?」
「い、嫌じゃないけど・・・へ、変だよ、おした、」
「黙り」


ぐっ、と押さえつけられた肩。
忍足の真剣な顔が怖くて、思い切り目を閉じた。
すると、頭上から今度は「ははっ」と軽い笑い声。ま、さか・・・。


「・・・忍足?」
「アホか、ビビりすぎやし!」


やっぱり!
忍足は大笑いしてヒィヒィ言いながら、わたしを見ていた。


「あ・・・か、からかった!?」
「嘘ついたお返しや」
「わたし別に嘘なんかついてないのに!ひど!」


抗議した言葉に、忍足はハッとした表情を見せた。
ふと照れたように口元を押さえて、ちらりと横目でこっちを見ている。


「な、何?」
「その場凌ぎで言ったんとちゃうん?俺の事・・・」
「だから別に嘘は言ってないってば。日吉や芥川よりはー、」
「じゃあ俺に抱かれるとか、出来るん?」
「・・・は?」


話が、なんか、飛躍して・・・
ちらりと見上げると、忍足は真剣な表情・・・いや、違う。本当はわかる。忍足の瞳に欲情の光が差している。
わたしはわざと目を逸らした。


「・・・おい、答えへん気か。俺、恥かきやんか」
「聞かなかった事にしてあげる、よ」
「偉そうやな。せやったら一つだけ答えて。何で俺なん?」
「・・・。」
「答えろって言うとるやろ。跡部と俺やったらどっち選ぶん?」


忍足は随分大きな賭けに出たと思う。

跡部と忍足?

その辺の女の子に聞いてみればいいんだ。100%「跡部様!」という答えが返ってくる。
でも忍足が聞いているのは、わたしだ。


「・・・忍足」
「へぇ、何で俺なん?」


さっき答えないと意思表示したはずなのに、忍足は同じ質問を繰り返した。
じっとこちらを見つめる熱っぽい瞳から目が離せない。


「わたし、忍足の色っぽいところが好きだよ」
「・・・俺の魅力がわかるんか、大人やな自分」
「うん」
「ツッコめや、冗談やんか」


忍足はコツンとわたしの額をノックするように叩いて、ちらりとこっちを見た。
まだ、忍足から目が離せない。どうしてこんな気持ちになるんだろう。
自然に眉が寄ったのがわかった。忍足はその瞬間、わたしを強く抱き締めて唇を塞いだ。


「そんな目で見るからやで・・・」
「変な顔・・・してた?」
「欲情しとる。俺に」


低く呟いて、忍足は再びわたしの唇を塞いだ。
呼吸するたびにお互いから「んっ・・・」と熱っぽい声が漏れる。


「おした、り・・・」
「侑士」
「ゆうし・・・」
「アカン・・・なんかものごっつ離れたくないねんけど・・・!」


どうにも引き返せない状態だった。
忍足は深く「はぁっ・・・」と息を吐いて、わたしの首筋に唇を、


「エロ眼鏡さーん、授業はじまるよー」


途端に響いたマヌケめいた声。
忍足の体をどかしてみると、そこにはニヤニヤと笑っている芥川と、顔を赤くしてこっちを横目で見ている向日と宍戸がいた。


「・・・お前らいつから見とった」
「忍足がコンドームぶちまけるとこから」
「最初からやんか!」


恥ずかしい!と声に出しはしなかったけれど、忍足は額を押さえて真っ赤になっていた。
芥川は「ちゃんが喰われたら可哀想だCー」と言いながら床にばらまかれた避妊具を自分のポケットに押し込んだ。


「はい!これで忍足なんも出来ないでしょ、安心ー」
「余計な事すんなっちゅーねん!」
「あー!忍足、ここでする気だったの?やらCー」
「別にそうは言うてへん!ちゃんと保健室で、」
「結局する気だったんじゃん。きちくめがね」


芥川は、笑顔でひどい事を言う。
わたしは急に恥ずかしくなってきて、足早にその場を去ろうとした。


「ちょお、待ち」


忍足は後ろからわたしを抱き締める。
その腕に触れた時、芥川がぼそりとまた余計な事を言った。


「忍足。いちゃつくのはいいけど中で出しちゃダメだからね」
「するか!お前はいちいちうっさいねん!失せろ!」


しっしっ!と犬や猫を払うように手を振ると、忍足はわたしの方に向き直って耳元に唇を付けた。
がりっと噛まれて思わず熱っぽい声が出る。


「もうちょっと、一緒にいたいんやけど・・・ダメ?」


そんな切羽詰った声で言われて、首を横に振れるものか。
こくりと頷くと、耳元で色っぽく笑われて、わたしはなんだかたまらない気分になる。


「耳真っ赤やで・・・欲情しとるん?」


こんな事言われて喜べるはずもないのに。どうして口元がニヤついてしまうんだろう。
わたしは否定も肯定もできなくて、ただ真っ赤になって俯いた。








(20131015)Happy birthday!!