I'm scared!




「う〜」
「・・・」
「う〜〜」
「・・・おい」
「う〜〜〜」
!」
「・・・何、宍戸」


くるりと振り向いたの顔を見て、俺は驚いた。何だよ、この不機嫌丸出しな顔は。今にも人を獲って喰いそうな顔してやがる。は比較的いつもニコニコしているタイプで、いつも部の雰囲気を和ませてると思う。だが、今日はクラスのヤツらすら、あいつには話しかけたくないらしい。の半径1メートル以内には、誰一人いない。俺だけだ。


「どうしたんだよ、お前」
「宍戸ー!」
「うおっ!」


はいきなり立ち上がると、俺の胸倉を掴んだ。そして俺を見上げて唸りやがる。何なんだよ!


「言いたい事は口で言え!」
「う〜う〜・・・う〜う〜う〜」
「・・・日本語で言え」
「宍戸にお願いがあるよ・・・」


は今度は不安げな目で俺を見つめ上げた。身長差の問題で仕方がないとは思うが、あまりそういう角度から俺を見るのはやめてほしいと思う。その不安げに揺れている目を見ると、俺が何かしてやれないかと思ってしまう。そして、そう思った途端、いつも無理難題をふっかけてくるから太刀が悪い。


「何だよ、今度は」


今度は、を強調すると、は悲しそうな顔をした。またその顔か!泣きそうな顔するの、やめろ!俺がコイツに惚れてるのわかってて、わざとやってるんじゃねえだろうな・・・。


「跡部に・・・」
「跡部?」
「部活を休むと!今日だけ絶対休むと!伝えて欲しい!」
「自分で言えよ、それくらい」
「・・・お願い」


上目遣いはやめてくれ!肩をやんわりと押し返すと、はひどく傷ついた顔をした。俺はとことんに弱い。


「・・・わかった。言っといてやるから」
「よかったー!」
「でも今日天気悪ィし、部活休みじゃねえか?」


たった今授業が全部終わったって時間なのに、教室はびっくりするぐらい暗いもんだから電気まで付いている。空はゴロゴロと音を立てて、今にも雷が落ちそうだ。は忌々しそうに空を見上げた。


「ミーティングがあると思う・・・」
「ミーティングも出れねえのかよ?」


具合が悪いとか、そういった理由で休むと思ってた俺は少し驚いた。顔を覗き込むと、暗い顔でコクリと頷く


「そうかよ。じゃあ、気をつけて帰れよな」
「ありがとう。宍戸。今度お礼します、きっと」


はいやにぎこちなく俺の肩を叩くと、ロボットのような動きで教室の扉を開けた。でも開けた瞬間『ひっ』と声を失って、その場にぺたりと座り込んでしまった。どうしたのかと視線を上げれば、跡部の姿。なんだ、丁度いいじゃねえか。


「跡部。今日、が」
「休むのかよ?」


跡部はすでに事情を知っていたらしい。しかしは特に驚きもせずに、でも嫌そうな顔で小さく頷いた。頷いたのを見て、跡部がニヤリと笑う。


「良かったじゃねえか、。今日の部活は中止になったぜ?」
「そ、それはよかったね・・・それでは、わたしはこれで」
「待て」


そう言われた瞬間、は素早く立ち上がって扉に手をかけた。跡部も素早くの腰を掴んで、扉から引き剥がしにかかる。


「待たないー!」
「俺様が待てっつってんだ!」
「イヤー!」


は本気で嫌がって扉にしがみついている。跡部は跡部で、本気でを引き剥がそうと体を引っ張る。でもあまりに熱心になりすぎて、跡部はに抱きつくような格好になっていた。・・・正直言って、面白くねえ。


「跡部。放してやれよ」
「よし、宍戸」
「あ?」
を送って行ってやれ」
「跡部!やめて!」


はさっきより激しく暴れだした。跡部は面倒になったらしく、を横抱きにして、そのまま俺に押し付けた。


「頼んだぜ」
「宍戸!従ってはいけない!これは罠です!」
「・・・
「何!アホべ!」
「あのなぁ・・・一人で怯えながら歩いてたら雷落ちるぜ?」


何言ってんだコイツ?跡部らしからぬバカらしい発言にツッコミでも入れてやろうかと口を開きかけたが、跡部は俺を見てニヤニヤ笑っている。これは何も言うな、っつー事だろう。俺は開きかけた口を閉じて、跡部に抱え上げられているを見た。怯えた表情。一体なんでそんなに・・・あ。


「宍戸がいれば、お前を雷から守ってやれるぜ。なぁ?カ・・・」


跡部はクセで樺地の名を呼びそうになっていた。しかしそれを無視してやり、俺は考えた。というか、もう結論に辿り着いた。は多分、雷が怖い。だから部活を休もうとしたし、俺に送られたくないのは・・・多分、パニックに陥る姿を誰にも見られたくねえから。・・・俺が嫌いだから、とかじゃない事を切に祈る。


。誰にだって怖ぇモンぐらいあんだろ」
「・・・じゃあ、宍戸は何が怖いの?」


不安げな瞳で、俺を見上げる。俺は少し情けないと思いつつも、素直に答える事にした。


「・・・レギュラー落ち」


は俺に怖いものを聞く時、疑うような目つきをしていたが、聞いた後の今は違う。驚いたような表情をした後、は安心したように少し微笑んだ・・・気がした。


「それじゃ、頼んだぜ。宍戸」
「おー。行くぜ、
「・・・うん」


跡部の腕から開放されたは、素直に俺の後ろを付いてきた。





空がうるさい。ゴロゴロと空が唸る度に、の体はビクリと跳ねた。顔は青ざめているし、表情がいやに堅い。相当に苦手らしい。


「大丈夫かよ?」
「・・・あの、あの・・・」
「どうした?」


は突然俺のブレザーの裾を掴むと、また俺の苦手な上目遣いをしながら躊躇いがちに「あの」と「その」を繰り返していた。頼むからやめてくれ!思う。こんな手に引っかかりたくないが(どうせは何も考えてねえんだろうけど)すっげえ可愛いと思ってしまう。俺はどうしていいかわからなくて、のた打ち回りたくなるような・・・なんつーか、くすぐったい気持ちになる。


「宍戸!あのね!」
「ん?」
「・・・手、繋いで、ほしい・・・」


語尾がどんどん小さくなっていく。真っ青だった顔色が、照れたように赤くなっていく。俺は物凄く嬉しくなって、笑いながらの頬を撫でた。


「真っ赤だぜ」
「ご、ごめん・・・変な事言って・・・わ、忘れて、いい・・・」


の手は、表情に反して柔らかかった。ギュッと握った途端、の顔は驚きで埋め尽くされていた。混乱も少し混じっているらしい。


「い、いいの?」
「しょ、しょうがねえだろ。お前怖ぇんだろ?」
「うん・・・でも宍戸が手握ってくれたら、ちょっと怖くなくなった」
「・・・そうかよ」


こうやって可愛い事言うから太刀が悪い!視線を逸らすように、地面を見ると、小さな水玉模様が出来ていた。徐々に、ポツポツと雨が降り出す。俺は持って来ていた黒い傘を広げた。大きいから、多分二人で入れる。見る限り、は傘を持っていなかった。


「ほらよ」
「あ・・・」
「・・・あー」


俺は考えた末、傘を閉じる事にした。傘を差したら、と手が繋げない。俺だって離すのは嫌だし、も離して欲しくないと思う。例えそれが、雷が怖いだけだとしても。


「雨宿りするか」
「窓のない所でお願いします!」
「ワガママ言うんじゃねえよ!」



俺は文句を言いつつ、窓がない場所を必死で考えていた。まったく、俺はに弱い。涙目のには殊更弱い。



「窓、ないとこ・・・」
「文句言うなっての!」


俺は、少し後悔しはじめていた。外で窓のない所なんて、そうそうない。俺はバカだ!を自分の部屋に連れてきちまうなんて!だって、部屋ならカーテン閉めりゃどうにかなると思って・・・


「暗いよー」


やらしいんだよ、なんか!俺は急いで電気を付けたが、それでも電気が付いた部屋ってのは夜ってイメージで、そんなところに二人で、って考えるとやっぱりなんだかやらしい。一人でバカみたいに緊張している俺を尻目に、はシーツを頭から被ってベッドの上に陣取ってしまった。


「雷、いつ止むかなぁ」
「・・・止まねえだろ」
「え!?じゃあなんで連れてきたの!」
「そ、それは、お前・・・」


手を離したくなかったから。・・・なんて言えるかよ!訝しげに頭だけひょっこり出している。俺は乱暴に頭を撫でた。ぐちゃぐちゃの髪に文句をつけながら、はシーツからにゅっと腕を出して髪を抑える。


「髪ぐちゃぐちゃ!」
「文句言うんじゃねぇ!」
「宍戸って優しくないなぁ」
「・・・嫌かよ?」
「別にー。不思議な事に案外好きだよ。頭撫でる時いやに乱暴なのとか」


案外好き・・・?好きってところにドキッとはきたが、案外ってなんだ、案外って。曖昧すぎんだろ。俺は考えながら、の頭をわざと乱暴にガシガシと撫でた。の頭が揺れる。


「宍戸、ありがとう。」


とめられなくなった俺は理性ぶっとんで変なこと言ったと…思う。というか思い出したくねぇ。の笑顔のせいだっつーの…


「今日、俺誕生日」
「ん?知ってるよ。朝おめでとうって言ったじゃん!」
「プレゼント・・・」
「え?そこ催促する?まぁ別にいいけど何がいい?帽子とか?」
「お前」


ポカーンとしたを見て我を帰った俺は焦った。何言ってんだ俺…!


「あ・・・違ぇ!あーほらー」
「宍戸、1回しか言わないからね!・・・好き」


偶に、が好きだと言ったからわざと乱暴に頭を撫でてやった。すると、はひどく嬉しそうな顔で俺の名前を呼ぶ。


が俺のこの手つきが好きなように、俺ものこの表情が一番好きだと思った。





(20090929)