a girl in love



「すっ」
「す?」
「好きなんだけどっ!」

・・・突然すぎる愛の告白はあまりに不器用だった。

我ながら無理のある交わし方だったと思う。
好きだと言われて、俺はそうなんだと返した。当然目の前の少女は目を丸くした。
そしてもう一度、好きなんだけど・・・と呟いた。だから俺ももう一度、そうなんだと返した。
だけどさ、好きなんだけど、と告げられた俺はどうすればいいの?
付き合ってほしいならそう言ってくれなきゃわからないし。
だから、そうなんだ、と返した俺はある意味大正解だと思うけど。
意地が悪い?屁理屈?あはは。言われなくても認めてるよ?


「・・・先輩」
「ん?」
「楽しんでますよね?」
「やだなぁ。乙女心を弄んで楽しむなんてそんな性格悪いこと俺がするわけないだろ?」
「・・・・・・(嘘ばっかり・・・)」
「ん?」
「いえ、何も・・・」


隣で眉間に皺を寄せて何か言いたそうにしてるのは我が後輩の日吉若。
休憩中の彼の隣に何となく腰を下ろして、何となく告白されたことを話したら、嫌がる様子もなく黙って聞いてくれていた。
俺なら絶対聞いてるフリするなぁ。
恋の話に興味ないわけじゃないけど、聞いてないのに聞かされるのって嫌じゃない?
なのに日吉は偉い・・・と言うより優しいのかな。
それとも俺が先輩だから気を使ってくれてるのかな。恐らく後者だね。うん、やっぱり日吉は優しいよ。


「あ」


日吉の顔をじぃっと見ていると、その日吉が小さく声を上げた。
俺は首を傾げた。その瞬間、後ろのフェンスがガシャンと大きな音を立てた。
驚いて振り返ると、そこには噂の少女・・・がいた。
しかもその表情は何故か泣きそうで、さすがの俺も少なからず動揺する。


「た、滝くん・・・っ」
「こんな所までどうしたの?」
「滝くんは・・・その人が好きなんだねっ!?」
「「は?」」


フェンスにしがみつきながら意味不明な事を言い出す彼女に俺と日吉の声が見事にはもる。
え、何?さんは、俺は日吉のことを好きだって言ってるんだよね?
ははは。いやぁ面白いこと言うよね。でも一言言ってもいいかな?


「バカ?」
「これに関しては俺も滝先輩の意見に同意します」
「ちょ、二人して・・・っ!」


彼女は、俺たちの発言にたじたじとしていた。
だけど俺達のこの反応は絶対間違っていないと思う。
告白といい、今のことといい・・・ホントに飽きない子だね、さんは。
だからさ、ちょっとからかってもいいかな?


「・・・・・・・・・ねぇ日吉」
「絶対嫌ですよ」
「まだ何も言ってないけど?」
「大体分かります。そして全力で拒h「分かってるなら話は早いね」・・・・・・・・・」


さすが日吉。じゃあ、悪いけど日吉にも協力してもらうことにするね。
そしてさんを徹底的にからかって遊び倒して、俺のオモチャにするから。
それでもまだ俺のことを好きだって言うなら・・・次はきちんと返事をしてあげる。
俺は目の前のさんににこりと笑いかけると、まずは手始めに日吉の腕に自分の腕を絡めてみた。
日吉は腕を引いて拒絶したけど、俺のオーラを感じ取ったのかピタッと抵抗をやめた。
そしてさんは目を白黒させて、ずさっと後退った。
うん、思った通りの反応。ホントに予想を裏切らないなぁ。
その反応を見たあと、俺は日吉に体を寄せて執拗に密着した。


さん、これでも俺を好きって言える?」
「・・・・・・・・・っ」


横ですっかり白目になってぐったりしている日吉をよそに、俺はさんにたずねた。
さんは言葉に詰まって、ツーっと冷や汗を流している。さすがにもう俺のこと好きとは言えないと思うけど。
好きな人が同性が好きだなんて知ったら、俺なら長期に渡って寝込む自信がある。
しかも目の前でこんなものを見せられて「へぇそうなんだ頑張ってね!」なんて言える訳もない。
そんな人がいるなら今すぐテニスコートにいる滝萩之介まで、どうぞよろしく。


「・・・滝くん!」
「何?」
「月曜日の放課後!屋上に来て!絶対だからね!!」
「えっ」


え、ちょ、ちょっと・・・・・・何、今の。
俺と日吉は放置?無視?彼女がいなくなってしまった空間を俺と日吉は静かに眺めていた。
そしてお互い顔を見合わせると、物凄い速さで距離を離すと、はぁと同時にため息をついた。
ホント意味分かんないな・・・


「日吉ごめんね」
「いいですよ別に・・・それにしても月曜日って・・・・・・?」
「・・・・・・・・・何かあった・・・っけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
「あぁ・・・誕生日ですね、先輩の」


そうだ。俺の誕生日だ。
すっかり忘れてたけど、その俺の誕生日に彼女は一体何をしようと言うんだろう。
何にしても・・・・・・俺はにすごく興味がある。だから何を仕出かしてくれるか・・・フフフ、月曜日が楽しみだな。
隣の日吉がしかめっ面をして俺を見ていたから、何?と言うと、いえ・・・と口篭らせた。
言いたいことがあったら言ってもいいのに。ねぇ?気を使うことないから。
そして、長い長い休憩を終えた俺達は他の部員に混じって練習を始めた。
日吉との試合で見事勝利を収めた俺は、上機嫌で鼻歌なんて歌いながら帰路についた。
早く月曜日が来て欲しいなんて思ったのは初めてかもしれない。
土曜日の練習も日曜日の自主練も早く過ぎてしまえばいいのに。
何て待ち遠しいのだろう・・・俺はこんなにを想って休日を過ごしている。
本当に面白い子だな・・・・・・自分の中に何かが生まれようとしていた瞬間だった ――― 。


「・・・先輩、気持ち悪いですよニヤニヤして」




待ちに待った月曜日。
朝練で日吉の一言に普段なら殺意の篭った笑みを返すところだけど今日は勘弁してあげる。
理由なんて聞かなくても分かるだろ?こんなに自分の誕生日を楽しみに待っているのなんていつ振りだろう。
きっとヒヨッコの日吉にはまだ分からないね。


「早く放課後にならないかな」
「・・・・・・・・・あんまり浮かれてると足をすくわれますよ」
「ヤなこと言わないでよ・・・」


今朝テレビでちらっと見た正座占いは、正直に言っていい運勢とは言えないものだった。
占いなんて信じない方だけど、自分の誕生日な上にさんが絡んでるせいか・・・・・・ほんの少しだけど気になっていた。
そして追い討ちをかけるように日吉の嫌な一言。
はぁ・・・何事もなく放課後になればいいけど・・・・・・少し憂鬱な気分になってしまったまま朝練を終えた。
重い足取りでコートを出ると、数人の女の子が俺に駆け寄って来た。
「先輩!誕生日おめでとうございます!」「これ受け取って下さいっ!」
1年生かな、2年生かな。可愛らしい女の子が綺麗にラッピングされた包みを俺に向かって差し出していた。
ありがとう、とお礼を言うと女の子たちは嬉しそうに笑い、練習頑張ってください!と付け加えるとキャー、と言いながら走り去っていった。
・・・・・・可愛いなぁああいう女の子って。
その時、ふと頭に浮かんだのは告白された時の切羽詰った彼女の表情。
とてもじゃないけど可愛いとは言えないくらいに引き攣った顔は、とても印象的だった。
何より、痛いほど伝わってきたキミの気持ち。
そしてそれをあっさり流してしまった俺。
・・・後悔?してないよ?俺があの返事をしたことで、今日という日がある。
俺の誕生日という特別な日が。


「滝くん!」


上履きに履き替え、教室へ向かおうとした時、大きすぎる声で俺を呼び止める誰か。
振り返らなくても分かる声の主はきっとキミしかいない。


「何、さん」


ほらね、大正解。
少し俯き加減で俺の前に立つ彼女に、俺はどうかしたの?と声をかける。
すると、今日絶対来て!とまた大きすぎる声で言うと、だーっと廊下を走って行ってしまった。
その後姿を見ながら俺はクスクスと笑う。
ホントに・・・どうしてキミはそうなんだろう。
彼女の背中を追うようにして、自分も廊下を再び歩き出した。
途中いろんな子から受け取ったプレゼントで両手塞がってしまう。
去年ならホントに申し訳ないけど、ちょっと疲れたなんて思ってしまうけど今年は全然。
それもこれもさんのおかげ、かな。
そんな始終浮かれっぱなしの俺についにやってきた放課後。やっぱり占いなんて当たらない。
結局何事もなく過ぎた1日・・・帰りのホームルームが終わり、俺は荷物を片手に教室を出る。
いや、出ようとした・・・・・・


「滝、ちょっといいか」
「・・・え?」


呼び止めたのは担任の教師だった。
何事かと振り返れば、何やら図書室の本の整理を手伝って欲しいとのこと。
図書委員は男女1人ずつだが、その1人・・・しかも男子生徒の方が生憎欠席。
女子1人では大変だということで、たまたま目に付いた俺に声をかけたらしい。


「テニス部の練習に遅れることは俺から榊先生に伝えておくから」
「はあ・・・」
「じゃあ頼んだぞ」
「・・・・・・」
「ごめんね、滝くん」
「ああうん・・・いいよ。早く行ってさっさと済ませちゃおうか」


よりによって今日・・・明日に延期って出来ないの?
ああもう・・・ホントに足をすくわれたよ日吉・・・占いも当たってしまった。
もう彼女は屋上で待っているのだろうか・・・そわそわする俺を見て、図書委員の子が何度も謝ってくれた。
この子にも悪いな・・・自分で引き受けたんだからちゃんとしないと・・・そう思い俺は本を整理した。
本の整理なんてやったことのない俺とは違って、委員の子はさすが作業が早かった。
この子1人でも全然大丈夫だったんじゃ・・・なんてことを思いながらも手元にある本を片付けていく。
1時間・・・いやそれ以上かかってしまったかもしれない。
少し日が傾いた空を図書室の窓から眺めていると、委員の子がありがとうとお礼を言ってきた。


「ううん。あまり役に立てなくてごめんね」
「そんなことないよ!すごく助かったから」
「そう?ならよかった」
「・・・・・・・・・あ、あの・・・よかったら下まで一緒に行かない?」
「え?」


・・・・・・屋上、行かなきゃ。でも、もういないかもしれない。
いやきっといない。だってもう1時間以上も経ってしまっているし、外は風もあって寒い。
こんな中で待ってるとは到底思えなかった。俺の目の前で、恥ずかしそうに俯くクラスメイト・・・どうしよう。
そう思っている時だった・・・・・・突然パンッパンッと大きな音が耳に届く。
俺達は驚いて窓の外に視線を向ける。
ヒラヒラと落ちて来るのは・・・紙?
色とりどりの・・・紙吹雪のような・・・・・・窓を開けてそれを手に取り、空を見上げた。
大きな音の正体は、この夕日空にはあまりにも不釣合いな打ち上げ花火。
そしてよく見ればヘリコプターが一台上空を漂っていた ――― って、え・・・???


「・・・ごめん、俺・・・行かなきゃ」


不器用すぎるあの告白は何だったんだろう。
俺は図書室を飛び出し、一目散に屋上へ向かった。
窓から見える薬玉は真っ二つに割れて、その中から大きな布が垂れ下がっていた。
チラチラと視界に入るそれには大きな字で【滝くん大好きっ!】と書かれていた。
あまりに大胆な告白に思わず笑ってしまっている自分がいた。
花火、ヘリ、紙吹雪、大きな薬玉、そして全校生徒に丸見えな俺への告白の言葉。
ホントに・・・バカなんじゃないのあの子。
バンッと屋上と戸を開けると、そこには大きな瞳をうるませながら佇むさんの姿があった。
俺を見ると、キッと眉を上げてズンズンと俺に向かって歩いてくる。
一言文句を言おうと口を開いた彼女を俺はぎゅうっと抱きしめた。


「っちょっ・・・!」
「バカだなぁ」
「ひどいっ」


こんな告白初めてだよ。恥ずかしくて、嬉しくて、今にも泣きそう。
どうして俺のためにここまで出来ちゃうんだろう。バカすぎて、可愛い。愛しい。


「・・・それにしても派手だね」
「これくらいしないと滝くん振り向いてくれないと思ったから・・・・・・だって男の子がライバルだなんて・・・どうしたらいいか分からないんだもん。」


あ、そっか。
彼女は俺と日吉が“そういう関係”だってまだ勘違いしたままなんだよね。
一応、誤解だって言っておかないとね。日吉の名誉のためにも。


「俺・・・あの後輩とは何もないよ?」
「えっ」
さんのことからかっただけ」
「えーっ!?」
「あと、遅れてごめん。急用出来ちゃって・・・」
「あぁうん・・・もういいよ・・・」
「それで?」
「え?」
さんは俺にどうして欲しいの?」
「ど、どうして欲しいって・・・どういうこと?」
「俺を好きなんでしょ?」
「う、うん・・・」
「だから俺にどうして欲しいの?どうなって欲しいの?」
「どうって・・・・・・好きだから私と付き合って欲しい、です」


最初からそう言えばいいだけのことだったのに。
俺ははっきり物事を言ってくれないと、イヤだから。
真意が分かっていても、ちゃんと言葉にしてくれないと俺も言葉にしてあげないよ?だけどさんはこうして言葉にしてくれたから、俺もちゃんと言うね。


「いいよ。これからよろしくね」


好きだって、ちゃんと言ってあげるよ。


「好き、のことが」



パラパラとヘリコプターのプロペラの音が耳にうるさく響く。
俺の声を掻き消してしまうんじゃないかって思うくらいの大きな音。
聞こえないと言われても、もう言ってあげないから。
キミがもう一度俺を好きだって言ってくれたら、俺も好きって言うよ。
キミの好きの数だけ、俺も好きって言ってあげる。
そうだ。最初に告白してくれたときの分・・・まだ返してなかったよね。
・・・だから、もう一度言ってあげる。


「好き」


大きな声で泣く彼女を、俺は優しく撫でてあげた。
声だけじゃなく、やることもいちいち大きくて、リアクションだって大きい。
俺を想う気持ちもきっと大きくて・・・そんな小さい体にたくさんの大きいを持ったこの女の子を俺も精一杯愛したいって思う。
を大きいを上回れるようにたくさんたくさん・・・一緒に笑おうか。

もちろん、大きな声で、ね。







(20091031)