「滝って彼女おらんの?」


宍戸が同じクラスのなんとかちゃんの事好きだとか好きじゃないとか、ぎゃあぎゃあ騒いでいる輪から、ちょっとはずれた部室の端っこ。
忍足が気だるげにパソコンの前の椅子に腰を掛けながら、俺にそう聞く。


「忍足は?」
「お前そうやっていっつもはぐらかすやん。俺はおらん。はい、お前は?」


今日は粘るなぁ。
別に秘密にしてるわけじゃないし、教えたくないわけでもない。
言う必要がないから言わないだけで・・・ううん、やっぱり知られたくないのかな。
二人だけの秘密にしておきたいのかもしれない。


「いない、かな?」
「気になる言い方するやん。好きな子はおる感じや?」
「うーん、そうだね」


ただ笑ってこたえただけなのに、忍足は「またはぐらかされたわ」って、ちょっと困ったように笑ってた。
俺が「お先に」と言って部室を出る時も、まだ向日が宍戸をからかってた。
部室を出た後は、いつもと同じコース。高等部の方向に足を進める。
放課後の中庭の白い木のベンチに一人、さんが座って小説を読んでる。
隣に座ると、顔を上げてニコッて笑うんだ。


「萩くん、お疲れさまだね」
さんも。今日は何読んでるの?」
「今日はね、恋愛小説」
「ふーん、珍しいんだ」


覗き込むと、俺が読んだ事がある小説だった。
多分、今でも部屋の本棚にあると思う。帰ったら読み返してみようかな。


「ちょっと泣きそうになってたところだったから、萩くんが来て、驚いて涙引っ込んだよ」
「感動しちゃった?」
「うん・・・」


少し沈黙。す、と小さく鼻を啜る音が聞こえた。
ふとさんの方を見ると、涙目で俯いていて、なんとも・・・なんていうか、可愛い。
俺は別に恥ずかしげもなく「可愛いよ、その表情」とか言えるし、言いたいけど、さんが「年上をからかうなんて」って怒るから言わない。
怒ってるのも可愛いなと思うんだけど。


「涙、拭く?」
「泣いてないよ」
「そう?必要になったら言ってね」
「・・・萩くん、ティッシュ」
「いじっぱり」
「だって・・・」


ハンカチを差し出すと「鼻ふけないよ」と泣きそうな声で言われたから、ティッシュに代えてあげた。
涙と鼻を拭き終わると、ふぅ、と落ち着いたように小さく息を吐く。


「この本、わたし好きだな」
「うん、俺も結構好き」
「え、萩くん、読んだの?」
「うん。持ってるよ」
「なぁんだ。じゃあ萩くんに借りればよかったー」


少し笑ってから、さんはもう一度小説を開いた。
数分の間、沈黙が続く。さんは続きを読んでるのかな?
俺を放っておくなんて、とかは別に思わない。自然体のさんの隣にいるのが好きだから。
しばらくしてさんは小説を閉じた。


「うん、やっぱり」
「どうしたの?」
「主人公が恋に落ちる青年、萩くんに似てる」
「あれ、偶然だね」
「なぁに?」
「俺は主人公の少女がさんに似てると思ってた」
「えー?」


俺が読んだ時は、まださんと知り合ってなかったけど、ついさっきふとそういえばって思って、だから読み返そうと思った。
さんは冒頭の部分をパラパラと開いて「似てるかな?」と首を傾げてる。


「でも立場は逆だよね」
「え?どういうこと?」
「俺の方が、さんの事好きだから。小説と逆」
「・・・そうかな?」
「そうだよ」


さんは悩んでる様子だった。
俺の視線に気付いて一瞬こっちを見てくれたけど、すぐに慌てて目を逸らしてしまう。
顔を覗き込むと、さんはちょっと困ったように眉を下げていた。
けど頬は赤くて、とっても可愛いと思う。


「わたしは・・・そんな事ないと思う」
「え?」
「逆、じゃないと思う」


肩より少し下、柔らかい二の腕の部分に腕を回して抱き寄せた。
さんはあっさりと俺の胸の中におさまる。
華奢だなぁ、と思いながら指にそっと触れた。


さんにとっての俺って・・・何?」
「・・・萩くんにとっての、わたしは?」
「あ、ずるいな、それ。いいけど。一番大事な人」
「じゃあ、わたしも」
さん、やっぱりずるい」
「ごめん」


さんは少し笑って、「ごめんね、萩くんが好き」と言った。
俺は勝手にさんを俺の彼女だと思ってたけど、本当にそうで良かった。
本当はちょっとだけ不安だった。俺達はお互いを「好き」と言った事がなかったし。
好きだと言った事があったのは”一緒にいる時間”それだけだったから。


さん、今日、俺の家おいで?」
「萩くんのお家かぁ、緊張しちゃうな。日本家屋のイメージ」
「割りと当たり、かな?」
「萩くんはお母様似なんだろうなぁ」
「それも割りと当たり」


さんが俺の手を取って「早く行こう」と笑う。
でも、すぐに手を離してしまったから、今度は俺から繋いで、ついでに頬に触れて瞼にキスをした。


「・・・もう、萩くん」
「可愛い、さん」
「またからかう・・・」
「どうして?自分の恋人を可愛いと思っちゃダメ?」
「もう・・・困るよ・・・」


笑った顔も、怒った顔も、困った顔も好き。さんが好き。
俯いたさんの耳元で「ね、行こ」と言うと、ようやく少し顔を上げてこくりと頷いてくれた。




(20111029)