「宍戸ー!」
「・・・なんだよ」


今まで笑ってたのに、わたしの声を聞いた途端に宍戸の顔はすっごく嫌そうな表情に変わった。
それでもへこたれないように気合を入れてきたわたしは、宍戸の胸倉を引っ張った。


「うおっ!何すんだよ!?」


すぐに振り払われたけど、ケンカ腰なのはわかってもらえたと思う!宍戸は更に嫌そうな顔をした。


「宍戸、長太郎を返して!」
「・・・は?」


多分コイツはバカなんだと思う。


「長太郎は宍戸さん宍戸さんって、宍戸の事ばっかりなんだよ!」
「あっそ」
「真面目に聞いて!だから、宍戸は長太郎をわたしに返すべきだと思う」
「あっそ」
「・・・絶対聞いてないでしょ、宍戸」
「ああ、聞いてねーな」


聞きたくもない!確かに長太郎は毎日「宍戸さん宍戸さん!」と俺に寄ってくる。けど、最近の話の内容ときたら・・・!


「宍戸さん、先輩はすごく可愛いです」
「宍戸さん、先輩は甘いモノが好きらしいです」
「宍戸さん、先輩は跡部さんに怒られたらしいです」
「宍戸さん、先輩は」

ってうるせーんだよ!おかげでどうでもいいのに、無駄にの事に詳しくなっちまったじゃねーかよ。


「宍戸、そんなに見つめないで!わたしには長太郎が・・・」
「お前、いい加減にしねーと殴るぞ」
「暴力反対!長太郎に乱暴が移るから、そういうのやめてよね!」
「知るかよ・・・」
「・・・ねぇ宍戸」
「んだよ」


そんな切ない顔しても騙されねーぞ。そうは思ったものの、の顔は本気で鬱入った表情になってしまった。なんなんだよ、一体。


「ちょっと相談してもいい?」
「・・・何だよ?」


珍しく聞き役モードに入った俺に感動したらしい。はそっと俺の手を握ってきた。気持ち悪いから触んな。


「わたし悩んでるんだ」
「だから何を」
「長太郎ってさ、モテるんだね」
「・・・そうだな。アイツ優しいからな」


確かに長太郎はテニス部の中でもモテる方だと思う。
優しいから女は勘違いするんだろう。どうせコイツも勘違いして好きになったに違いない。
長太郎は同学年や後輩から見れば優しくて格好良い男だし、先輩側から見れば普段は可愛くてたまに男らしい・・・まぁうまい事、全学年からモテるようにできてるんだろう。


「実はこの間、長太郎が女の子に手紙もらってるの見ちゃった」
「そうかよ」


よくある事じゃねーか、そんなの。お前、跡部なんか見てみろよ。くだらねーと思いつつに目を向けて、俺は愕然とした。

泣いてる。


「お、お前っ、何泣いてんだよ!」
「だってさ、宍戸!悔しかったんだもん!」
「何がだよ!」
「わたしが知らない長太郎がいた・・・」


話を聞けば、長太郎は優しい口調で嬉しそうにその手紙を受け取っていたらしい。
お互いタメ口で喋っていたから、同学年だろうという推測がついたという。
・・・だから、なんなんだよ?俺は今のこの立場を、もっと女心ってのがわかるヤツ・・・それこそ長太郎にでも押し付けてやりたい。


「よく考えたらさ、二年生の子は、わたしが知らない長太郎をいっぱい知ってるんだよ・・・」
「はぁ?」
「わたしにはタメ口で喋ってくれたり、あんな気楽そうな感じになったり、しないんだもん・・・」
「しょうがねーだろ。お前は先輩なんだから」
「でも嫌なのっ!一年遅れて生まれたかった・・・」


ったく、無茶言いやがる。


「最近つらいの」
「なんでだよ、お前らすっげー幸せそうじゃねーかよ」


かなりしゃくだけど、本当にそう見えた。は長太郎と付き合い始めてからいやに可愛くなったと思うし、長太郎もいつも幸せそうに笑っている。


「毎日どんどん長太郎の事好きになっていって、このままわたしはどうなっちゃうの?」
「・・・知るかよ」


ただののろけじゃねーかよ。あんまり心配いらなそうだ。
そう思って俺は小さく笑った。は片手で俺の手を握ったまま、空いた手で器用に俺のシャツを引っ張って涙を拭いた。


「・・・拭くなよ」
「ごめん、今だけ甘えさせて」


は俺のシャツを握ったまま、俺の胸に頭を押し付けた。
クラス中から変な目で見られてる。当たり前だ。俺は、今この状況を長太郎に見られたらまずいな、と思った。


「何してるんですか」


思った瞬間、見られていた!慌てて振り向くと、そこには笑顔の長太郎。目は笑ってるけど、口が笑ってねーぞ・・・。俺は慌ててを引っぺがした。


「おい、長太郎来たぞ」
「・・・長太郎!」
先輩。ちょっと話がしたかったんですけど、お邪魔でしたか?」
「邪魔なワケないよ!邪魔なのは宍戸だよ!」


なんでだよ!


「そうですね」


だからなんでだよ・・・。長太郎は相変わらずこえー笑顔での腕を引っ張った。


「いたっ!」
「じゃあ、先輩。ちょっとこっち来てください」


無理やり長太郎に引きずられていく。・・・あーあ、俺知らね・・・。






「どうしたの、長太郎?」


部室に連れて来られたかと思ったら、長太郎は黙ったまま。
怒ってるのかもしれない。でも、わたしはどうしたら長太郎の機嫌を直せるのかすらわからない。わからない事だらけで、泣きそうだった。


「長太郎・・・」
「宍戸さんと何話してたんですか」


振り返った長太郎は、見た事のない、こわい顔をしていた。
やっぱり、怒ってるんだ・・・。わたしは、長太郎を怒らせたのが自分なのだと気付いて悲しくなってしまった。
宍戸と話していた内容は言えない。長太郎が手紙もらうの見てたなんて・・・そんな覗きみたいな真似したなんて、言いたくない。


「・・・へぇ。だんまりですか?」
「・・・ごめんね、長太郎」
「なんで謝るんだよ」


タメ口きいてくれたけど、わたしはそんな怒った口調が聞きたいんじゃない。
悲しくて涙がこぼれそうになったけど、今泣いたら長太郎がもっと怒るかもしれない。わたしは頑張って堪えた。

先輩、お願いだから話して下さい。何なんですか?」
「ごめん言えない」
「・・・俺の事、嫌いになったんですか?」


予想外の言葉が出て、わたしは驚いて顔をあげた。さっきまで怒っていた長太郎は泣きそうな顔をしていた。


「・・・なんでだよ」


ぼそりと呟いた長太郎の方が、本当に泣きそうでわたしは慌てた。


「長太郎っ」
「俺、つらいんです最近」
「え?」
先輩の事、毎日どんどん好きになっていって・・・もうどうなっちゃうのかわかんなくて、自分がこわいです」


わたしは、その言葉が嬉しくてたまらなかった。長太郎も、わたしと同じ事を考えていたんだ。思わず少し笑う。


「何笑ってるんですか」
「あ。ご、ごめん」
「・・・宍戸さんが、ムカつくんです」
「は?」


なんと長太郎が、大好きな”宍戸さん”に腹を立てている。目が点になっているわたしを無視して、長太郎は続ける。


先輩と仲良さそうで・・・俺の知らない先輩もいっぱい知ってるんだと思うと、俺」
「長太郎」
「・・・なんですか」


振り向いた長太郎は不貞腐れた顔をしていた。
わたしは無理に長太郎の頭を胸元に抱えて、頭を撫でた。長太郎はびっくりした顔でわたしを見上げている。


「わたしも同じ事考えてたよ」
「え?」
「ごめんね、長太郎。宍戸と話してたの、長太郎の話だったの」
「俺の事・・・?」
「そう。この間、長太郎が女の子に手紙もらってるの見ちゃった。ごめんね」
「・・・ああ、あれですか」
「それ見たら、悲しくなっちゃって。わたしが知らない長太郎をいっぱい知ってるんだろうなって」
先輩・・・」
「わたしも、最近つらい。毎日長太郎の事どんどん好きになる。こわいよ」


考えると、ひどい悲しみに包まれてしまう。わたしは無意識に泣いていた。長太郎は慌ててわたしを抱きしめる。


先輩は俺の特別ですよ」
「特別・・・?」
「うん。だから、えーっと・・・みんなが知らない俺を、先輩はいっぱい知っていると思います!」
「・・・本当に?」
「はい。きっと俺も、宍戸さんとかが知らないような先輩いっぱい知ってるんでしょうね」


長太郎は吹っ切れたように笑うと、唇を寄せる。舌が入ってきてひどく驚いたけど、わたしは固まったままそれに応じた。


「キスした後の可愛い顔も、俺だけのものです。そうでしょ?」


顔を離すと、長太郎はすごく幸せそうに笑ってそう言った。
その笑顔を見たら、悩んでいた事がものすごく無意味だったように思えてきて、わたしは笑ってしまう。


「長太郎。嫉妬してごめんなさい」
「俺も、すいません」
「明日は、もっと長太郎の事好きになってるんだろうなー」


嬉しくて口に出してみると、長太郎は顔を真っ赤にしてしまった。


「俺も、そう思います」


そんな笑顔見たら、もっと好きになっちゃうよ、長太郎。





(20100214)