inner reserves





「きゃー!」
「おいコラ、!テメェやる気あんのか!?」
「ひー!ごめんなさい、跡部様!」
「チッ・・・後で覚えとけよ・・・」
「はい・・・(こわい)」


わたしは今日もボールが入ったカゴをなぎ倒しながら、コート内を走り回っていた。
昨日はレギュラーのドリンク全部こぼして、跡部にゲンコツを食らったよ。跡部、絶対わたしのこと女だと思ってない・・・まぁ前に

「テメェはただの働きゴマなんだよ」

って言われてるし、気にしてないけど。
わたしも跡部とかどうでもいいし(ごめんね跡部!)とりあえずボールを拾わないと、跡部にネチネチいびられるから、さっさと片付けちゃおう。
腕まくりをして、ボールを拾おうとしゃがみこんだ瞬間、明るい声が飛んできた。


先輩!」


鳳だ!鳳の顔を見ると、つい笑顔になってしまう。いつも明るい声で「先輩!」「先輩!」って寄ってきてくれる、可愛い後輩。
最初は本当にただの可愛い後輩だったんだけど、前にケガしておんぶしてもらってから、実はその・・・好きになってしまいました。
単純っていう罵倒は言われ慣れてるから、もう結構です・・・。だから跡部と違って、鳳はどうでも良くない。
わたしにとって大事な正レギュラー。でも特別扱いしたら跡部がまた怒るから平等に扱ってるけど。


「大丈夫ですか!先輩!」
「あ、うん。平気だよ、平気だから、練習戻った方が・・・」


鳳が走ってきた方をちらりと見ると、宍戸がイライラした素振りでわたしを睨みつけていた。
宍戸ってば、鳳がわたしに懐いてるから妬いてるんだよ!でも前本人にそう言ったら「お前のせいで練習進まねーんだよっ」って怒られたけど。
とにかく、このままではわたしだけじゃなくて鳳まで、宍戸のおこりんぼに怒られてしまう。


「でも先輩・・・ケガとか・・・」
「大丈夫だよ!ボール拾うぐらいできるし、心配しないで。ね?」
「・・・わかりました。けど、何かあったら絶対呼んで下さいね?」
「うん。ありがとう。鳳は優しいね」
「そんな事ないです。それじゃ、俺行きますね」
「うん。いってらっしゃい!」


鳳は尻尾・・・じゃなかった。手を振って宍戸の元に戻って行った。
宍戸め・・・宍戸さえいなければ、鳳にボール拾い手伝ってもらえたのに・・・。いやいや、いけないいけない!鳳は大事な正レギュラーだもん。


「練習サボるなんて、良くない良くない!」
「仕事サボるのも良くねぇぞ、アーン・・・?」
「あ、跡部様・・・!」
「グラウンド何十周がいいんだ!?アーン!?」
「す、すいません!すぐやりますから、ご勘弁を・・・!」


また怒られちゃった。うちの部はおこりんぼばっかりだね。


「さっさと拾いやがれ!」
「は、はい!ごめんなさい!」








「ふぅ・・・やっと終わった・・・」


跡部ときたら人使い荒いんだから・・・。
フラフラになりながら部室のドアを開けると、鳳がいた。もう帰ったと思ってたのに。思わぬ人物に会えて、わたしはすごく嬉しかった。顔がニヤけてしまう。


「お疲れ様です、先輩」
「鳳!・・・疲れた」


鳳の隣が空いていたから、少し離れて座った。
普段はこのソファに座ると跡部に「マネージャーの分際でっ!」とか怒られるんだけど、今はいないからいいよね。それに今日はちょっと疲れすぎた・・・。


先輩」
「あ!鳳もお疲れ様!」


そうだ!よく考えたら、せっかく正レギュラーの鳳が休んでいるのに、わたしなんて邪魔だよ!急いで立ち上がろうとしたら、鳳がわたしの腕を掴んだ。


「ここにいて下さい」
「え?いいの・・・?」
「俺は、先輩がいた方が、休まるんです」


一語一語、丁寧に力強く、鳳は言った。真顔で言う鳳が男らしく見えて、いやに甘い言葉に聞こえてしまう。
顔が熱い。鳳がせっかくそう言ってくれてる事だし、と自分を納得させて、わたしはまた同じ場所に座り込んだ。


先輩」
「な、何?」
「寄りかかってもいいですよ」
「・・・え!?」


鳳は自分の右肩をポンポンと叩いた後、わたしを見て微笑んだ。その笑顔にまたわたしはトキめいてしまって、動けなくなる。


「あ、俺なんかの肩じゃ嫌ですか?」
「そんな事ない!」


そんなワケない!良いに決まってる!いやに力んでしまったわたしを見て、鳳はキョトンとしている。
・・・わたしは一体何をしているのだろう。大人しく「じゃあ借ります」とか言ってベタベタくっつけばいいのに。不器用なんだから。
でも今からそういった風に振舞うのはやっぱり無理で、わたしは固まるばかりだった。


「疲れてるんでしょう?ほら」
「あっ!」


鳳はそんなわたしの心を見透かしたかのように笑った。そしてわたしの肩を半ば強引に抱き寄せた。
わたしも恐る恐る、鳳の肩の上に頭を乗せてみる。コツンと肩と頭が触れ合うと、鳳が楽しそうに笑った。


「可愛いですね、先輩」
「か、かわい・・・!?お、鳳、先輩をからかって遊ばない!」


少し膨れながら視線を上げると、そこには予想していた表情とは違う顔をした鳳がいた。
眉を下げて、悲しそうな顔。一体、今日の鳳はなんなんだろう。わたしは、さっきの休まる発言とか、肩にもたれかかっている事とか、可愛いって言われた事とか、色々あってもういっぱいっぱいなのに。これ以上悩ませないでよ・・・。
少し泣きそうになって、俯いた。


「本当の事を言ってるのに、それは酷いですよ」
「・・・鳳?」


鳳の様子がおかしい。顔を覗き込むように見上げてみると、いやに真剣な表情をしていた。
その表情に恋してしまって、目が合った瞬間から動けなくなってしまう。


先輩、」
「鳳・・・どうしたの?」
「俺、先輩が好きです」


時が止まった気がした。わたしを真っ直ぐに見据えている鳳。わたしはさぞかしアホみたいな顔をしているだろう。

鳳が、わたしを好き・・・?

まさか。そんな事、考えた事もなかった。鳳はすぐに困ったような顔になって、わたしの体をやんわりと押し戻した。


「すいません。肩貸すふりして、触ってしまって・・・」
「あ、いえ、そんな・・・!」
「・・・こんな事言うつもりなんて、なかったんです本当は」
「え?」
「二人きりだって思ったら、余裕なくなっちゃって・・・すいませんでした」
「どうして謝るの、やめてよ」


わたしだって鳳の事、好きなのに。大好きなのに。ただ「好き」って一言言えばいいだけなのに、その言葉を言おうとするとわたしの唇はひどく震えた。
鳳はすごく後悔したような顔をしていた。そんな顔、しないで。お願いだから・・・。今、今言うから。


「すいませんでした。俺、帰りますっ!」
「ま、待ってよ!」
先輩。お願いですから、これ以上俺のこと挑発するのやめて下さい・・・」
「鳳、お願い。待って・・・」
「これからは好きな男以外に肩なんか借りちゃダメですよ。勘違いしますから。それじゃ」


待ってよ。待って。わたしはまだ何も言ってない。
必死で手を差し伸べているのに、鳳は何も見なかったふりをして、乱暴に鞄を掴んでドアノブに手を掛けた。


「バ、バカ!!」
「・・・先輩?」


必死になって、やっと出た言葉が罵倒だなんて・・・わたしはつくづく自分が可愛くないと思った。
一つ深呼吸をしてから立ち上がって、鳳の腕を引っ張った。


「鳳、勝手に言うだけ言って帰らないでよ」
「・・・すいません」


鳳は不貞腐れたような顔をして俯く。
他人から見たら可愛げのないそんな表情すら、可愛く見えてしまってわたしは末期だと思った。


「わたし、好きな人以外に肩借りた事なんか、ないもん・・・」
「・・・え?」
「・・・鈍い!わたしは鳳が好きだから、肩借りようがわたしの勝手だと思う!」


思い切って叫んだその言葉は、部室に木霊した。鳳はただ目を見開いてわたしを見ている。


「・・・先輩」
「な、何・・・?」

鳳の表情が、ふっと柔らかくなった。その表情に心を奪われて、目が離せなかった。


「好きだ」


いつもの犬みたいな鳳じゃない。
ふわりとわたしの体を包み込んだ腕はたくましくて、頬にあたる胸は暖かくて。好きで好きで、幸せで幸せで。泣けてきちゃうよ。


「わたしも好き、鳳・・・」
「長太郎って呼んでくれないんですか?」
「・・・長太郎」
「よく出来ましたね」


長太郎はニコニコと笑ってわたしの頭を撫でる。
ずっと焦がれていた長太郎が、今こうしてわたしの事を好きだと言ってくれている事が信じられない。でも長太郎は、更にわたしを驚かせる発言をした。


先輩って、跡部さんが好きなんだと思ってました」
「・・・は?じょ、冗談言わないでよ!」
「いつも一緒にいたから」
「・・・一緒にいるんじゃなくて、世話させられてるだけだよ・・・」
「なんだ、良かった。なんとも思ってなかったんですね」
「当たり前だよ!わたしは長太郎以外には興味ないもん」


ピタリと長太郎の動きが止まった。・・・少し、恥ずかしい事を言ってしまったかもしれない。
急に恥ずかしくなって、目を逸らそうとした瞬間。長太郎がわたしの体を、もう一度強く抱きしめた。


「あんまり可愛い事言わないで下さい・・・我慢できなくなっちゃいますから」
「え?」
「・・・すいません。キス、してもいいですか?」
「き、キス!?」


未知の体験にわたしの頭は真っ白になった。長太郎はわたしの返事も聞かぬまま、優しくわたしをソファに寝そべらせた。


「ちょ、長太郎・・・この体勢恥ずかしいよ・・・!」
「イヤ、ですか・・・?俺ずっと我慢してたんですけど」


そう言う長太郎は、真面目な顔でわたしを見つめている。
そんな顔されたら、断れない。断る気も、別にないんだけど・・・。わたしは返事をする代わりに目を閉じた。


先輩・・・大好きです」


唇にふわりとした感触。
ただ少し唇が触れただけなのに、そこから全身に幸せが広がっていくようで、わたしはすごく嬉しかった。ゆっくりと目を開けると、そこには照れた顔をした長太郎の顔。


「あっ!あんまり見ないで下さい・・・本当、余裕ないんです、今・・・」


そう言って長太郎は照れたように笑った。そんな可愛い顔されたら、わたしだって余裕なんてない。





(20110228)