隣の席の芥川くんはいつも寝ている。


「くかー・・・」
「芥川くん、芥川くん。お弁当の時間だよ」
「んあー?」

そしてお昼の時間に起こすのが、わたしの役目になっていた。一番最初に隣の席になった時に起こすように頼まれて、次の日には頼まれなかったから放っておいたら後で恨み言を言われてしまった。
だから、今では何も言われずとも毎日起こしている。

「・・・あ!さん、おはよー」
「おはよう、芥川くん」
「聞いて聞いて!俺さーいい夢見ちった」
「え?どんな夢?」
さんとお昼寝する夢!」

わたしはそう言われた瞬間、芥川くんがモテる理由がわかった気がした。芥川くんは楽しそうに歯をむき出して笑う。

「いつかさーさんとお昼寝したいなー」
「そうだね、わたしも」
「マジマジ!?・・・あ!約束だかんなー!」

芥川くんはわたしの手を握ると、ぶんぶんと振りながらゆびきりげんまんを歌いだした。
ゆびきってないよ・・・!本当はわたしはお昼寝をしない人種だけど、芥川くんが可愛いから黙って手を振られていた。
ふと芥川くんの机の中からはみ出ているふわふわとした白いキーホルダーが目に入って、わたしは思わず声をあげた。

「あ、それ何?」
「ん?これ?」

芥川くんは机の中からふわふわを引っ張り出した。
キーホルダーだと思っていたそれは、羊の携帯ストラップで、つぶらな瞳で体はふわふわでたまらなく可愛かった。
わたしはふわふわした物に目がない。自分でもわかるほど瞳を輝かせながら、羊を見つめた。

「わぁっ・・・!すごく可愛い!」
さん、羊好きなの?」
「うんっ!というかふわふわしてるのが好きで」
「へー。じゃあこれ、あげよっか?」
「え・・・いいの?」

普段なら、悪いよ!と断るところだけど、わたしは本気でこの羊が好きだった。
芥川くんのものだという事も、ほしいと思う要因を大きくさせている。芥川くんは羊をぺちぺちと指で叩くと、うーんと唸った。

「でも、汚れてきてるからなぁ・・・あ!じゃあ、明日あげる!」
「・・・でも、本当にいいの?」
「もちろん!さんが喜んでくれるならいいCー。あ、お弁当一緒に食べようね」

芥川くんが寝乱れたせいで少し離れてしまった二つの机を、乱暴にガンッとくっつけると、芥川くんはへらっと笑った。
机の上に出されたお弁当箱には、フォークのケースと一緒に小さめのポッキーの箱がバンドに挟まれている。そんな芥川くんらしさが好きで、わたしは笑った。













さんお待たせ!」
「え・・・?おはよう、芥川くん」
「あ、やべ。興奮して言うの忘れてたCー、おはよ!」

芥川くんは少し恥ずかしそうに頭を掻いて笑った。
お待たせって、何がなんだろう・・・?考えていると、芥川くんは鞄の中から二つの羊を取り出してコロンと机の上に転がした。白い羊と、黒い羊。

「ふ、増えた!可愛い!それに白いの・・・新しくなった?」
「ううん、俺ん家クリーニング屋だから、綺麗に洗っただけだCー」
「へぇー、そうなんだ」

いつも昼寝ばかりしている芥川くんの制服がぴしっとしているのは、そういう理由があったからだったんだ。
わたしが可愛い羊を順番にふわふわと突付いていると、芥川くんが机に突っ伏してわたしの顔を見上げた。

さん、どっちがいい?」
「え?」
「好きな方とっていいよ」
「ほんと!?でも、迷っちゃうな・・・」

いや、でも白いのにしよう。わたしは悩む時間も短く、決めた。
だって元々芥川くんが持っていたものだし。白い羊についているタグは文字が消えかかっているけど、黒い羊の方はタグの文字が綺麗だ。
多分、黒い羊は買ったばっかりって事。だとしたら白を選ぶしか手はない。口を開こうとした瞬間、芥川くんが白い羊をすっと手に取った。

「迷ってるなら、白いのにしようよ」
「え?う、うん・・・」

どうしてだろう?新しいのがほしかったのかな?不思議に思っていると、芥川くんはわたしの手の中に白い羊を握りこませて、その上からわたしの手を握った。

「それ、俺がずっと持ってたのだから、さんに大事にしてほしい」
「え!う、うん!すごく大事にするね!」
「大事にしてね、俺だと思って」

真剣な顔で言われてドキドキしていると、芥川くんはすぐにニッと笑って「なんちって」と言った。そして黒い羊を、携帯電話に付けて目の前でぷらぷらと振る。

「これでお揃いだね。さんも付けてね」
「うん!」

白い羊を携帯電話に付けようと手間取っていると、芥川くんは黒い羊を顔に近付けて喋りだした。

「俺さー羊好きなんだー」
「そうなんだ?可愛いよね」
「うん、可愛いCー・・・さんって羊に似てる」
「え?」

驚いて顔を上げると、その拍子に白い羊が机を跳ねて落ちてしまった。芥川くんはそれを空中で軽くキャッチすると、再びわたしの手の中に握らせた。

さん、大事にしないと、めっ!」
「ご、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって。わたし、どの辺が羊なのかな?」
「ふわふわしてるとこ」

芥川くんは微笑むと、わたしの手をぎゅっと強く握り締めた。

「やっぱり。ふわふわしてて柔らけーもん」
「あ、芥川くん・・・?」
「あ。あとね、俺、羊は食べる方が好き」
「ジンギスカンとか?」
「うん。だから、さんも食べたいな」
「!?」

赤面するわたしに「なんちって」と言った芥川くんの顔はいつもと違って真顔で。一体どうしたらいいの・・・?

「芥川くんのえっち・・・!」
「別に俺何も言ってねーよ」
「! (さっき食べたいとか言ってたじゃん!)」









(20110506)