tell the truth




「これもーらいっ!」
「こら切原!」
「もー切原くんてばー」


教室の騒がしい一角。そこにはいつも切原くんがいた。でもそこにわたしはいない。切原くんとは話したことすらないし。
でも彼の元気な声はみんなまで元気にさせるし、テニスも相当うまいらしいし、すごい人なんだろうな、って思う。・・・女の子にもモテるみたいだし。
同じクラスになった事がないからよくは知らないけど、同じクラスの女の子が色々噂していた。
騒がしい場所にチラリと目を向けると、数人の女の子に囲まれて切原くんが笑っている。わたしは何の特技もない、普通の生徒だし、ああいうのは苦手だなぁ・・・。そう思っていると、切原くんと目が合った気がした。


「あ」


おや、と思った瞬間、切原くんはすごい勢いで教室から出て行ってしまった。
・・・今ので、わたしは気付いてしまった。もしかして、切原くんってわたしのこと・・・嫌い!?
えー!どうしてだろう・・・。わたしは少ない脳みそをフル回転させて考えた。
でも話したことすらないのに嫌われてるなんて。挙動がムカつく・・・?うーん、そういうのしかないよなぁ。


切原くんに嫌われている・・・。わたしがその事実に気付いた休み時間。そして次に控えていた授業が終わった。
なぜか切原くんは懲りずにまた教室に現れた。いつも話している女の子達のグループのところへ行くのかと思いきや、なんと。
切原くんはわたしがいる方向に一直線に歩いてきた。周りに誰かいたっけ!と、焦って周りを見渡すけれど、切原くんと仲の良さそうな人は誰もいない。
まぁ、わたしも全然仲良くないし、誰か去年同じクラスだったとか、そういう子が近くにいるんだろう。そう勝手に頭の中で片付けた瞬間だった。


「あの」


目の前に切原くんが立っていた。驚いた。わたしに用事だったの・・・!?
一瞬のうちに逃げなきゃ、って思った。切原くんの評判、あんまり良くないし。
気に入らないわたしにヤキを入れに来たに違いない!そう思った瞬間だった。


「すんません!あの!教科書・・・貸してくんない・・・?」


少しうなだれたような感じで、切原くんが呟いた。
驚いて下から顔を覗くと、長い前髪に隠れた顔は真っ赤な色をしていた。
表情は、少し泣きそう・・・?髪の毛で隠れて周りからは見えないだろうけれど、その表情はわたしをシメに来たわけではなさそうだ、と思った。


「えっと、何の教科書・・・でしょうか」


少し緊張しながら恐る恐るそう言うと、切原くんの表情がぱぁっと明るくなる。


「数学!」


おせーんだよ、とか怒られないうちに急いで机の中から数学の教科書を引っ張りだして、顔を上げてすぐの切原くんに突きつけた。


「はい、どうぞ。申し訳ないんですけど・・・次の次の時間が数学だから授業終わったら返し・・・いや、取りに行きます・・・!」


まさか返しに来いなんて言えない。わたしは言いかけた言葉を引っ込めた。


「あ、いや、俺が来るから!わり、気、使わせちまって・・・そのさ・・・」


その瞬間、チャイムが鳴り響いた。切原くんはヤベッと呟くと、走り出す。
教室の扉までたどり着いた時、大きな声で「あっ!」と叫んだ。


「サンキューな!これ!」


そう言ってニカッと笑う切原くん。
引きつった顔で微笑み返すと、切原くんは満面の笑みを浮かべて、そのまま走り去った。
途中で先生に「コラー!切原、廊下を走るな!」って怒られてて、思わず吹き出してしまう。
にしても、どうして切原くんはわたしに教科書を借りようなんて思ったんだろう。
それもあんなに申し訳なさそうに。それならいつも仲良くしてる女の子に借りればいいのに。
麻川さん、追川さん、涼木さん・・・いくらでも、教室にいるのに。
考え込んでいると、全然聞いてなかったのに教科書の音読をあてられてひどく焦ってしまった。







俺はニヤけた顔を隠すのに必死だった。
話しかけた時にひどくおびえた表情をされたのは傷ついたけど、彼女は快く俺に教科書を貸してくれた。
嫌われているワケではなさそうだ。だってサンキュー!って言った時、ニコッて笑ってくれたし。

の事を好きになったのは一年の時。
一目惚れだった。だから話した事なんて一度もない。同じクラスになったことさえない。
一年の時に同じクラスで仲良くしてたヤツらがみんなしてと同じクラスになった時、これはチャンスだと思った。
同じクラスになれなかったのは残念だけど、のクラスに行く理由は出来た。俺はバカみたいに毎日毎休憩時間、のクラスに行った。
行き続けて三ヶ月。・・・それなのに、一度も声をかけられなかった。でも今日、目が合った時に俺の中で何かが弾けたんだ。
話しかけよう。なぜかそう思った。でも何を話しかけたらいい?

(俺、お前のこと好き)

いきなり言えるかよ!

(友達になってくれ)

これもいきなりは、ちょっとなー・・・。

(これ、やるよ)

・・・やるモン、何も持ってねー。

(なんか貸してくんね?)

なんかって、なんだよ。

その時、真田副部長の声がふと頭に蘇った。

「赤也!お前は忘れ物が多い!たるんどる!!」

・・・これだ!!!

俺は自分の忘れ物癖に感謝し、それに頼る事にした。
本当は、今日は数学の教科書持ってたけど、に借りることにした。そしてせっかく借りたから使うことにした。はこのページ、もうめくったのかな。
とか考えると授業が無償に楽しいものに思えてきた。ふと思い付いて、教科書の隅に”好き”と落書きをする。バカみて・・・。女かっつーの。
消しゴムを手にした瞬間、問題あてられて焦ったけど、いつもより授業を聞いていた俺は見事黒板の前に躍り出たのだった!でも結局答え間違ってたから怒られた!







っ」


来たっ・・・!おそるおそる顔をあげると、そこには前の時間と同じ満面の笑みを浮かべた切原くんが立っていた。
手には大事そうにわたしの数学の教科書を持っている。


「これ、ありがとな。すっげー助かった!」
「あ、はい。どういたしまして・・・」


わたしがいそいそと教科書を机の中にしまっている間、なぜか切原くんはその場で立ち止まっていた。
もう返したんだから、これ以上用はないはずなのに・・・。
ちらりと覗き込むように見ると、切原くんはまた顔を赤く染めた。
切原くんは、顔だか目だか鼻だか口だか忘れたけど、怒りがピークに達するとひどく充血すると聞いた。
・・・気付いてしまった。わたしに怒ってるの?でも教科書貸してあげたのに、なんで。


「あのー・・・」
「あ!な、何だ!?」


いつまでそこにいるんですか、そういった事を言おうとしたけれど切原くんは顔を赤くしたまま。
近いうちに殴られるんじゃないかと思って、わたしは口を噤んだ。


「な、なんだよ?」
「・・・ごめんなさい、なんでもないです・・・」


そう言ってから機嫌を伺うと、次は項垂れている。まったく切原くんという人がわからない・・・。
無視するのはひどいと思ったけれど、何をして欲しいのかがわからなかったので結果的に無視する形になってしまった。
切原くんはチャイムが鳴るまでの10分間、わたしの席の前で立ち尽くしていた。
わたしもその間何もせずに無言でそこに座っていた。そしてチャイムが鳴ると切原くんはいそいそと、でもさっきより元気50%オフで教室を出て行った。

・・・何がしたいの?今日の授業範囲が黒板に書き出されたので、わたしはなんともなしにそのページを開いた。
そして見た。そのページの隅、ページ数の横に”好き”という落書き。

・・・切原くん・・・。そんなに数学好きなんだ・・・意外。







俺はなんという事をしちまったんだ!
次の授業、ご機嫌で英語の教科書を開き、ページ数を見て、俺はやっと気付いた。

さっきの落書き、消すの忘れた・・・!

は気付いてしまっただろうか。俺が、の事が好きだって。そりゃ、気付くよなぁ・・・俺が告白するために書いたって、思うよなぁ・・・。いや、待てよ。もしかしたら、の組は授業の進み具合が遅いか早いかで、あのページは開いてないかもしんねー!
俺は急いで、のクラスの女子にメールを送ってみた。すぐに返ってきたメールには、今日俺が”好き”って書いちまったページから、今日の授業は始まったという内容が記されていた。
・・・俺は終わったと思った。バレたらしょうがない。俺は決めた。

この授業が終わったら、に告白する!なんとかなる気がするし!







一体なんなの。切原くん・・・。


「俺と一緒に来て!」


今度は、切原くんはお弁当を食べているのを邪魔しに来た。
わたしがお弁当を食べているのが目に入らないかのように、切原くんは遠慮がちにわたしのブレザーの端っこを握っている。
もしかして、今度こそシメに来たんだろうか。困った。
だって付いて行ったらシメられるし、付いて行かなければ後でシメられるし。
切原くんを見上げると、いやに興奮した様子でそわそわしている。人を殴りたくてしょうがないとか・・・?

わたしは困り果てた末、付いて行く事にした。なんでそうしたのかはわからない。
でもどっちにしてもシメられるんなら、放課後とかじゃなくて校内に人がいっぱいいる時の方が助けを呼べるし、いいかもしれない。


「あのー・・・?」
、いきなり呼び出して悪ィ」
「あ、いいえ、それはいいんですけど・・・」


顔を覗き込むと、また顔が赤い。これはまずいかもしれない。でもこの角を曲がれば理科室だし、大丈夫だ。
さっき三年生っぽい男の人が三人くらいで固まってお弁当食べてたから、きっと助けてもらえる。


「俺、の事一年から好きだった・・・から、付き合って、ください!」
「・・・はい?」


身構えていると、なぜか切原くんはワケのわからない事を言い出した。
付き合い?突き合い・・・?ああ、フェンシング?


「切原くん、フェンシングするの?」
「は?俺テニス部だけど」


ますますわからない。眉を寄せて考え込むわたしの顔を見て、切原くんは悲しそうな顔をした。
なんでそんな弱弱しい顔をするんだろう・・・。


「ごめんなさい、切原くん。怒らないで」
「・・・何」


切原くんは途端に不貞腐れた顔になった。
ヤバイ、怒り出しそうだ。同じ事何回も言わせんな!とか言って殴られるんじゃ・・・!こわい!


「あ、あの・・・言ってる意味がよくわかんなくって・・・」
「は?」
「・・・切原くん、わたしにどうして欲しいんですか?」
「・・・お前さー」
「は、はいっ!?」
「ニブすぎじゃない?」


ニブいって、動きが?だったらわたしとフェンシングなんかしても何も楽しくないと思う。
切原くんって本当意味わかんない・・・。


「お前がそんなに天然だとは思わなかったんだけど・・・」
「・・・ごめんなさい」
「何回も同じ事言わせんな」
「す、すいません!」


やっぱり怒られた!けど、切原くんの顔は別に怒っていなくて、ただ呆れたような顔をしていた。


「俺、お前の事女として好きだから、お前と恋人同士になりたいの。わかった?」
「え?」
「だぁあっ!何回言わせんだよ!お前の事愛してんだよ!これでいい加減わかんだろ!?」


わたしは、気付いてしまいました。
切原くんの顔が赤かったのは、怒りがピークに達したからじゃない。

わたしの事、好きだったんだ!

いやー、驚いた。ん?だとしたら・・・!なんだか頭が冴えてきた!


「切原くん、教科書に”好き”って書いたよね?」
「・・・悪ィ。消すの忘れて、」
「あれ数学が好きって意味じゃなくて、わたしが好きって意味なの?」
「・・・予想の上行く天然だな・・・まぁいいや。そうだぜ、俺勉強キライだし。で、返事は?」
「返事?」
「俺と付き合ってくんない?」
「・・・えー」
「なっ・・・!嫌かよ!?」


切原くん、横暴すぎる。その表情じゃ、断ったら殺す!って言ってるようなもんだよ。
でも闇雲に付き合って乱暴されたら嫌だから、わたしは自分の気持ちをきちんと伝える事にした。


「切原くん、乱暴しそうでこわいです」
「・・・お前、俺の事なんだと思ってんだよ・・・」
「正直、切原くんの事ちょっと苦手でした」
「・・・超ショックなんだけど・・・」
「でも、乱暴しないならいいです」
「・・・マジ?」
「マジです。乱暴しないなら、お友達からお付き合いします」
「友達かよ・・・」
「・・・嫌だったら断ります」
「嫌じゃねー!嫌じゃねーよ!」


あたふたと焦る切原くんが、とても可愛く見えて、わたしは笑ってしまった。
よく考えれば、噂だけが行き交っていて、切原くん自体は優しくて楽しい、いい子のような気がしてきた。
切原くんは終始呆れ顔だったけど、とりあえずお友達としてお弁当を一緒に食べてみる事にした。


「食べる?これわたしが作ったの」
「おう、くれくれ!」
「はい、あーん」
「・・・お前、恥ずかしくねーのかよ?」
「なんで?」
「・・・もういい。あーん」
「はい。おいしい?」
「うめー」
「良かった!」


切原くんは時折すごく楽しそうな顔をしてくれたから、わたしは切原くんとお友達になれてすごく良かったと思った!







(20090926)