She blushed.





「おい、俺達なんで呼び出されたんだと思う?」
「わかんない・・・丸井、何か悪い事した?」
「してねえ」


隣の席同士のわたしと丸井。さっき、担任の先生がわざわざ「丸井、。昼休み職員室に来なさい!」って言いに来た。
二人ぽかんと顔を見合わせて相談。一体、何をしでかしたんだろう。いや、絶対わたしじゃない。丸井が何かして、とばっちりがわたしに・・・!


「おまんら、本気でわかってないんか?」
「え。仁王、知ってんのかよ?」
「なになに!教えて!」
「嫌じゃ。二人で仲良く怒られて来んしゃい」


周りを見ると、みんなが冷たい目でわたし達を見ている。どうやらわかっていないのは、わたしと丸井、二人だけらしい。本当、一体何やったんだろう・・・。






「んだよ、荷物ぐらいよ」
「ほんとほんと」
「いい加減にしんしゃい」

仁王から一発づつ、頭を叩かれた。丸井はどっちかというと殴られてた。
職員室に呼ばれた理由は”自分の荷物を持って帰りなさい”という用件だった。
もうすぐ卒業なのに、夏休みの自由研究の工作だとか、よく覚えてないけど美術で作ったであろうよくわからない置物だとか、お決まりの絵の具箱だとかアルトリコーダーだとかが、技術で作った延長コードに絡まって、教室に二人分放置されていた。
自分のロッカーからはみ出た物は後ろの棚に、ごちゃごちゃと汚く並べられている。


「何で逐一持って帰らんかった」
「まさか説教する気じゃないの、仁王・・・」
「うっざ。柳生みてえ」
「ええから、話聞け」


二人でこそこそ話していると、無理矢理頭を捻られて仁王の方を向かされた。
痛い痛い!仁王は「もう日数がない、どうやって持って帰るんじゃ」だとか「もう授業もないし皆は手ぶら同然だっちゅうに、おまんらは」だのうるさく言っていたけど、仁王には人の事を言う資格はないと思う。


「仁王だって、ロッカーの中スーパーボールとかドライバーとかよくわかんない物入れてるじゃん」
「そうだ!お前の方が無駄な物多すぎ!」
「スーパーボールとドライバー。おまんらの荷物。量、考えてみんしゃい」


・・・考えて、反論したのは間違っていた事に気付いた。
二人で振り向いて、後ろの棚と、扉が閉まらない自分のロッカーを見た。毎日出来るだけ持って帰ったとしても、絶対に卒業式までに持って帰る事は不可能だと思う。
仁王は呆れた様子で、また同じ質問をした。


「何で、持って帰らんかったんじゃ」
「忘れて帰ってるうちに、あんな事になってたんだって」
「丸井はまぁ良か。だらしないのは知っとる」
「失礼な奴!」
。お前さんは几帳面な方じゃろ。何でじゃ」


わたしは、問いに答えられなかった。多分、無意識だったんだと思う。無意識に、持って帰るのを拒否していた。






「なー、それ持ってやるよ」
「もう持てないくせに」
「こうやって・・・ほらよ、あと一つくらいなら持てるって」
「でも、」
「いいから貸せって」

無理矢理わたしの手から手提げバッグを一つ奪い取った丸井。
丸井は背中にテニスバッグ、両手にちょっと一目じゃ数えられないくらいの手提げ鞄とかを持っている。
わたしの片手は空いてしまった。まだ持てるのに・・・。


って、家どっちだっけ?」
「あっち」
「な、公園とか寄らね?」
「え。この荷物持って?」


これだけ荷物持って寄り道とかする?普通、すぐ帰りたいじゃん。一体どういう思考回路してるんだろう・・・。


「肉まん奢ってやっからよ」
「丸井がっ、丸井が奢り!?」
「・・・お前、俺の事なんだと思ってんの?」
「だって・・・やっぱおかしいよ。帰ろう?」
「あーもー、わかった。もう一個荷物持ってやっから!いいだろぃ!ほら、来い!」

<べ> 丸井は無理矢理もう一つ手提げ鞄を奪い取ると、無理矢理肩に掛けた。
ずたずたと歩いて行ってしまう。・・・なんか、着いて行くしかないっぽい。


「・・・待ってー」


空いている片手で、丸井の腕を掴むと、すっごい驚いた顔で振り向かれた。顔が真っ赤だ。


「なっ、おま、え・・・!」
「丸井・・・もしかして照れてるの?」
「バカ、そんなんじゃねえよ。いきなり掴むから驚いただけだし」
「あ、ごめん」


丸井はぷいっと、また前を向いてしまった。
そ、そんなに怒らなくても・・・!わたしは謝りながら、おずおずと手を離した。すると今度振り向いた丸井は、何故か不機嫌そうな表情。


「・・・はぐれないように、掴んどけって」
「え、でもここ人通りまったくないよ。はぐれようがないよ」
「いいから、俺の言う事聞いとけって」
「う、うん」


丸井ってよくわからない。怒ったり、いじけたり。
遠慮がちに腕の部分のブレザーを掴むと、丸井は複雑そうな表情をしてから前を向いた。


「・・・行くぜ」
「うん」


何だか、恥ずかしいなぁ。丸井は、コンビニに着くまでずっと無言だった。
でもやっぱりコンビニに着くと、目を輝かせて肉まん類が入ってる保温器にへばりつきだした。


「あ、俺チョコまんにする。お前は?」
「丸井・・・糖尿病になるよ」
「うるせーっての」


ふと手元を見ると、いつの間に持ってきたのかチョコレートやキャラメルを抱えている。
何だか胸焼けしてきて「わたし肉まん」と呟いた。毎度の事ながら、丸井を見ていると、甘いものを食べる気が失せてくる・・・。
無事肉まんを買ってもらって店から出た途端、丸井はぐるんと振り向いて足を止めた。


、チョコまん食わして。あーん」
「え、公園まで我慢しようよ」
「ダーメ。今食いてえ。早く!」


お菓子を買ったせいで更に両手が塞がってしまった丸井は、口を開けてわたしを見ていて、なんだか雛鳥みたいだった。
仕方なく封を開けて、丸井の口にチョコまんを押し付けてあげた。途端にライオンみたいになってガブガブと半分くらい食べてしまう丸井。一体・・・。


「うまい!お前も一口食ってもいいぜぃ」
「丸井が食べ物譲るなんて・・・変」
「あ?なんか言ったか?その代わり、後で肉まん二口よこせよ」
「・・・やっぱりなんでもない」


やっぱり丸井は丸井だ。ちらりと顔を見ると、ニッと笑った唇にチョコレートが付いていた。


「あ、付いてる」


何気なく拭って、舐めた。舐めてからハッとした。
なんだか、ものすごく恥ずかしい事をしてしまった・・・!かぁっと赤くなる顔で、ちらりと丸井を見上げると、丸井も顔が真っ赤だった。


「なんか・・・恥ずかしいね」
「ハッ・・・バカじゃね?違うっての。そのチョコは俺のだっつーの!」
「あ、そういう事・・・」


やっぱり丸井は丸井だった・・・と、また同じ事を思った。


「な、お前なんで荷物持って帰んなかったんだよ」
「またその話?もういいじゃん」
「良くねーよ。気になるし」


もう、わたしの肉まんチラチラ見るのやめて!さっき二口あげたじゃん!
丸井は自分が買ってきたチョコレートを食べながらも、この話題を逃してくれそうになかった。仕方なく、溜息をつく。


「卒業したくなかったの」
「・・・は?」
「無駄だって事はわかってるよ。でも、足掻いてないと苦しい気がして」
「留年したかったっつー事?」
「留年、はしたくないかなー。しても無駄だし」


意味がわからない、とでも言いたげな不満げな顔。
いつの間にかチョコレートを掴む手も止まっていて、丸井は真剣に考え込んでいた。


「みんなと、ずっと一緒にいたかったの」


本当は、言いたくなかったけど。これほどみっともない事はないよ。おもちゃ買ってもらえなくてバタバタ暴れる子供と一緒。
丸井は何て言おうか考えあぐねているのか、口を半開きにしたまま止まっていた。ごく、と喉を鳴らして、わたしは唇を開いた。


「ウソ」
「・・・は?」
「今の、ウソ」
「お前なー・・・マジで考え込んだっつーの!しんみりした顔してんじゃねーよ!」


丸井が笑って、わたしも二の腕を小突いた。ウソだけど、ウソじゃない。半分、本当だもん。


「丸井と、ずっと一緒にいたかったの」
「・・・は?」


あ、すっごい勇気出して言ったのに。は?だって。ひどくない?
別になかった事にされてもいいや、肉まんの続きを食べようと口を開いた。途端に、丸井の腕が、その手を阻む。


「何?あげないよ」
「そうじゃねーよ。何言ってんだよ、お前・・・」
「・・・断るつもりなら、無視してくれた方がいい」
「そうじゃねー。いたかった、って何だよ。いればいいじゃんかよ」


きゅ、と丸井が掴んだのは肉まんじゃなくて、わたしの手だった。
なんて小さい事だろう、丸井が食べ物よりわたしを優先してくれた事が、妙に嬉しかった。


「・・・俺だって、お前と一緒にいたい」
「肉まんより?」
「比べる意味がわかんねー。肉まんは食ったら終わり、お前は永遠だろぃ」


あ、今かっこいい事言った、って顔した。思わず笑っちゃうと、丸井が「何だよっ」と頭を叩いてくる。


「ったく・・・そうやって笑ってろぃ。ずっと隣にいてやっから」


良かった。これで安心して卒業出来る。
膝の上の荷物が、急に軽くなった気がした。でも、繋がれた手のせいで、心臓はドキドキして重くなったみたい。
丸井も同じだといいのに。きゅ、と手に力を込めると、丸井の頬が桜色に染まった気がした。






(20100420)