「ねぇ、なんで機嫌悪いの・・・」


いい加減別れたら。アンタ遊ばれてるんじゃないの。ひどくならないうちに・・・
上記の台詞は、もう言われ慣れちゃって、おなかいっぱい。
不安に思いながら見上げると、仁王がものすごい目付きで、わたしなんかいないかのように真っ直ぐ前を睨んでいた。


「お前さん、彼女じゃろ。わからんのか」
「・・・ごめん」


理不尽な事で怒られる。パシられる。騙される。
仁王と付き合っていると、この辺りはもう一通り体験していた。
あと後輩の女の子に「あなた、仁王くんのなんなんですか!」と泣かれるという少女漫画的シチュエーションも体験した。
だから、もうこわいものはない、と思っている。
いや、唯一こわいのは、未だ全然わからない仁王自身だ。


「脱げ」
「えっ!」


でも、性的な乱暴をされるっていうのは、なかった。
だから、すごく驚いた。
脱げ!?ここ教室だけど・・・一応放課後ではあるよ、でもそういうのって良くないと思う。
だって見つかったら洒落にならないし、わたし学校来れなくなるし・・・。


「でも、」
「つまらん!」
「ごめん、なさい・・・」


何だろう、すごい怒ってる・・・ガタッと立ち上がった仁王は、わたしを睨み付けてこっちへと向かってきた。
こわくて目を逸らしたけど、つま先が当たるくらい目の前にいる。
どうしよう・・・こわくて、足が動かなかった。


「なーんて、こわかったか?」
「え?」
「つまらんのう、冬服になったのが気に食わん」


え・・・もしかして、そんな事をつまんないとか言ってたんだろうか。
今日から着ている、少し自分の部屋の香りがするブレザーの胸元をぎゅっと掴んだ。
仁王も、今日から冬服。寒がりなのか、マフラーも巻いてきていた。
口元を覆っているそれを、わたしも持っていたけど、今日は付けていなかった。


「薄着バンザイじゃ」
「仁王のエッチ・・・」
「お、可愛い言い方するのう」


目を細めてククッと喉の奥で笑う仁王は、怒ってなかった。
鞄をひょいと背中に担ぐと、教室のドアを開ける。


「帰るぜよー、置いてくぞー」
「待って!」


放課後の静かな廊下は、空気がひやりとしていた。
季節の変わり目はすぐ風邪を引くから、気を付けないと。
心なしか冷たい手を、ブレザーの奥に引っ込めようとした。


「手貸しんしゃい」
「え?」
「はい。・・・ぬくかー」


自分はカイロ代わりかと思ったけれど、空いている右手だけ、ブレザーの奥に引っ込める。
冬服になったばかりなのに、もう手袋が必要だなんて、今年は寒くなるのが早い。
ぱたぱたと廊下に響く靴の音。
だらしない履き方をされている仁王の靴を、後ろから見つめながら歩いた。


「なー、
「ん?何?」
「あ、今喜んだじゃろ」
「・・・なに、からかう為に呼んだの」


いっつもお前さんとしか言わないから、たまに苗字でも名前を呼ばれると嬉しい。
ついニヤけてしまうのを隠しているつもりだったけど、全然隠せてなかったみたい。
膨れるわたしの頬を押して、空気が抜けたのを見て仁王が笑う。


「仁王の笑顔、可愛いね」
「・・・可愛い、はあんまり嬉しくないのう」
「魅力的だよ」
「仕返しか?全然効かんぜよ」


言いつつ、耳がちょっと赤いけど。
油断した隙に引っ張ると、目をまん丸にして驚いてて、笑っちゃった。














「おー、寒か・・・寒くなか?」
「寒いね」


当然だけど、外はもっと寒い。
たまに思い出したように、ぴゅうと吹く風が、スカートと髪を揺らした。


「・・・えーと、ちょっと良いか」
「ん?」
「付き合って、もうちょっとで一ヶ月じゃね」
「・・・」
「違うか?違うはずないんだが」


驚いて、開いた口が塞がらなかった。
仁王が、付き合ってからの期間を数えるような男の子だとは思っていなかった。
申し訳ないけど、わたしですら数えていないのに。


「・・・たぶん」
「お前さんなぁ・・・女の子なら記念日とか、もっと騒ぎんしゃい」
「でも毎月数えてたらキリがないよ」
「キリなくたって良いじゃろ。毎回祝いたい」


握っていた手にきゅっと力が篭った。
ふと見上げると、いきなり仁王が目元にキスをしてきて驚いた。
顔を離した仁王は、すぐにそっぽを向いてしまったけれど、覗いている耳がやっぱり赤い・・・のは寒いからかな。


「なんか買っちゃろ。何がほしい?」
「えっ、プレゼントまでしちゃうの!」
「一ヶ月と、あとは年毎じゃね。それこそキリなか」
「なーんだ、びっくりした」
「お前さんがほしいんなら買ってやってもいいが・・・ま、欲ないしな、は」


うん、確かに。いきなりほしい物とか言われても思いつかないしね。
・・・あれ?


「いっ、いま・・・」
「んー?」


ごまかすように口笛を吹く仁王。
あまりに驚いて、慌てて仁王のブレザーを両手で引っ張った。


「名前!名前呼んだ!」
「・・・何じゃ、悪いんか」
「うっ、ううん・・・嬉しかったから。あっ、今のプレゼント?最高のプレゼントだった!」
「そんなに喜ぶとは思わんかったんじゃが」


困ったようにホクロの辺りを掻いていた仁王の口元は、少しだけど笑ってた。
もう一回言ってほしかったけど、ねーねーもう一回を始めると、嬉しくて嬉しくてキリがなくなりそうで、わたしはぐっと我慢した。


「他にほしいもん、ないんか」
「うん、胸がいっぱいになっちゃった・・・雅治」
「・・・ッ」


いきなり口元を押さえて俯いた仁王。
前髪が長くて表情が伺えなかったけど、顔を覗き込むと、これこそ間違いないくらい真っ赤になってた。


「お前さんからプレゼントもらおうとは思ってなかったんじゃが・・・」
「やだ?」
「嫌なわけあるか。次から仁王って呼ぶごとにペナルティーじゃよ」
「気に入ってもらえてよかった」

「ん?」


顔を上げようとした途端、いきなり肩を引き寄せられて、驚く暇すら与えず、唇にキスされた。
それは時間にすると長かったけれど、離れていった唇を見てまだ足りないと思うくらい短く思えた。
仁王は笑うと目がつるんだけど、今は、目が垂れるような優しい笑顔を浮かべていた。
それを見て、今もだけど、これから先もずっとずっと離れたくないな、一緒にいたいな、と思ったけれど、そんなクサイ台詞は言えなくて、俯いた。


「雅治、ありがとう。嬉しかった、今の」
「・・・毎月、こうやってと幸せを分かち合いたい」


仁王は言葉選びが上手だ。
わたしは国語も苦手だし、そういうの得意じゃないけど、恥ずかしいなんて思わなくて、自然と言葉が出てきた。


「ずっと一緒にいたいな」





(20120926)