peace of mind





「もう、真田!見てないで手伝ってよ!」


いくらジャンプをしても届かない、ロッカーの上の救急箱。
ジャッカルの頬を腫らした張本人だというのに、真田は腕を組みながらただこっちを見ていた。


「・・・お前を見ていて最近思うのだ」
「え?何?」
。お前は姿勢が悪い」
「・・・は?」


言われてぴんと背筋を伸ばして、そういえばそうかもと思った。
以前は背筋を伸ばして歩いていたのに、最近は何だか力がふにゃりと抜けてしまう。首をこきっと鳴らして、ため息をついた。


「なんか、疲れてるんだよねぇ」
「凝っているのかもしれん。こっちに来い」
「え?えっ、真田・・・?」


真田は突然立ち上がると、ぐいぐいとわたしの腕を引っ張った。
先ほどまで真田が座っていた椅子に座らされ、肩に重くゴツゴツとした手を置かれた。・・・なんか、家族写真撮るみたい・・・。
背中越しに見ていると、真田はいやに気合を入れて手に力を込めていた。


「ふんっ」
「!? いったー!」
「やはりな。凝っているのだ」
「ちょっと・・・言いながら揉まないで!痛い!痛すぎる!」


原因を解明したとばかりに真田は満足気にわたしの肩を揉んでいた。
しかし痛い、痛すぎる。筋が壊れそうだ。よっぽど凝っているんじゃないだろうか。病院に行った方が・・・思った途端だった。


「この調子では、毎日揉んだ方がいい。俺がやってやろう」
「け、結構!」
「何を言うか。背骨が曲がろうがどうなろうが知らんぞ」


知らないんなら放っておいてくれと、わたしは思った。
それなのに真田ときたら!


「では明日も、部活が終わった後にな」
「だから、いらな」
「それでは、また明日」
「! 話聞いて!」


真田は足早に帰ってしまった。ああ、これから地獄の日々が待っているのか・・・!




「ふんふんふーん」
「いやにご機嫌ですね」
「まぁ、ね」

地獄の日々だと思っていた日々は、案外天国の日々だった。
真田の力任せのマッサージも慣れてしまえば、気持ちの良い事!最初の二日くらいは痛くて痛くて、八つ当たりとばかりに帰り際真田の蹴りを入れて帰っていたのに。
最近は、部活が終わった時間に真田にマッサージしてもらうのが楽しみで仕方なかった。


「・・・おや」
「どうしたの、柳生。部活遅れちゃうよ」
「いえ、仁王くんが」


それなら一緒に誘って行けばいい。中途半端に開いていた教室の扉に手を掛けようとした。


「真田と、絶対デキとる」
「俺も、そう思うぜぃ」


えっ!?


中から聞こえるのは仁王と丸井の声だ。それに相槌を打っているのは、赤也・・・?
わたしはその姿勢から一歩も動けなくなってしまった。柳生が気まずそうにわたしを見つめているのがわかる。


「俺、実は聞いちゃって・・・」
「何をだよ?」
「知ってました?真田副部長と先輩、俺達が帰った後、部室でヤッてるんスよ」


赤也・・・!アンタ、いくら人の恋愛話が楽しいからって(しかもただの勘違い!)嘘まで吐く事ないでしょ!怒りのあまり手が震えてきた!


「俺も聞いた」
「マジかよ」


丸井の代わりに、わたしが「マジかよ」と言いたい。
何故仁王まで、赤也に乗っかって嘘を吐くの?仁王って奴は自分は平気で嘘を吐くくせに、人の嘘はさらっと見抜いてズバッと指摘するような奴なのに・・・。


の声がデカいもんじゃから、嫌でも耳に入るぜよ」


今の言葉で、ぴんと来てしまった。わかった。アイツら、マッサージしてるのを聞き間違えて・・・!


「しかも覗いたら真田が押し倒しとった。決定的じゃろ」


いつの間に覗かれてたの!?
しかもそれは腰の上に乗っかって、マッサージしてもらってただけでー!わたしは柳生の存在も忘れて、話に聞き入っていた。
しかし、ここまで話を広げられて、勝手に噂が広まったら困る。今すぐ訂正しに行かなければ、と手に力を込めた瞬間だった。


「何をやっている!部活に遅れるぞ!!」


真田・・・!声でかいし、どうしてよりによって今来たの!
やっぱり中にも聞こえたらしく、すぐに三人が慌てて出てきた。


「今行こうと思っとった」
「そうそう」
「真田副部長ってせっかちー」


真田は、わざとらしい言い訳を「ふん」と鼻であしらい、わたしの方へと振り向いた。
そして、ポンと頭に手を置くと、至極優しい手つきで撫でた。


。お前も、遅れるな」


・・・真田・・・っ!!!
最悪だ!このタイミングで、その行為!絶対勘違いされた!


「見たか?」
「見た見た」
「ラブラブじゃのう」


ほら、見ろ・・・!










「んっ・・・真田」
「何だ」
「・・・今日でマッサージ、もういい」


ぽつりと呟いた言葉は、部室に木霊した。暫くして、真田のはぁっという深いため息が響く。


「どうした」
「・・・仁王達が、わたし達の事勘違いしてるよ」
「勘違い?」
「デキてるって」
「言わせておけ」
「ダメだよ、これは部の士気に関わるよ!」


そろそろ幸村が戻ってくるというのに、部を任された副部長とそれをサポートするはずのマネージャーがデキてたなんて耳に入ったら幸村はどう思うだろう。
いや、何をしでかすだろう。・・・考えただけで震えがきそうだ。こわがるわたしと対照的に、真田はククッと笑った。


「幸村に怒られる、などと考えているのだろう」
「うん。絶対怒るし、言い訳も聞く耳持たないよ。鬼だもん」
「アイツはあれでいて理解がある」


真田の優しい目を見て、本当に信頼してるんだなぁって少し羨ましくなってしまった。
でも、本当にこれ以上勘違いさせておくのは良くないと思う。赤也辺りが調子に乗って「真田副部長がやってるじゃん」と真似して女の子を連れ込むかも・・・。


「真田、やっぱりやめよう」
「・・・わかった。お前が嫌がるのなら致し方ない」
「嫌というか・・・」
。俺はお前の体をマッサージする時間が好きだった。お前と二人でのんびりとした時間を過ごすのが」
「・・・真田?」


ふと見上げた時に視界に入った真田の顔が、やけに寂しそうで驚いた。
こっちに視線を戻した真田は、わたしの目の前から消えていってしまいそうな気がした。真田が、ふっと笑った。


「ありがとう」
「・・・真田」


どうしよう・・・真田がそんな風に思っていてくれたなんて、すごく嬉しい・・・!なんか感動してしまった。
それに、わたしも同じ事を思っていた。マッサージももちろん気持ち良くて大好きだけど、わたしは真田と二人で過ごす穏やかな時間がすごく好きだった。


「真田!あのねっ、わたしも・・・」
「というより、俺はお前が好きだった」
「・・・は?」


見上げると、真田は別に恥ずかしそうにも、そしてもう寂しそうにもしていなかった。
ぽかんとしているわたしを余所に、真田は納得したように「うむ」と頷いた。


「しかしお前が俺とデキているなどと言われるのが嫌だというのならば、素直に身を引こう。残念だが」
「え、ちょ、ま、え?」
「それでは、また明日」
「ま、待ったー!」

「うおっ」
「ぎゃ!」

制服の裾を思いっきり引っ張ったせいで、真田の重い体が覆いかぶさってきた。押しても、びくともしない!


「ちょっと・・・重い!」
「何故俺を呼び止めた」
「話聞いてよ!」
「聞いている。何だ」


え、このまま話すの・・・?起きようよ、という目で見るも鈍い真田には伝わるはずもなかった。諦めてわたしは口を開いた。


「わたしも真田と過ごしてる時間が大好きだし、気持ち良くて好きだし、その・・・」
「何だ」
「真田がわたしを好き、って言ってくれるなら・・・その、冷やかされても別にいいかなって」
「・・・好きだ」
「ひゃ!」


真田はその体勢のまま、わたしの体を優しく抱き締めた。
男の人に、こんな風に触られた事はない。ドキドキする。眉を顰めた真田の、かすれた声が響く。


「・・・目を瞑れ」
「えっ・・・」
「ダメなら、今のうちに止めろ」


わたしは・・・ゆっくりと目を閉じた。







「おはようございます。真田と付き合うのは良いですが、少しは慎みたまえ」
「・・・え?」


こっちが挨拶する間もなく、いきなり説教?というか、真田ってばもう柳生に言ったの?きょとんとして見つめていると、後ろからにゅっと仁王が現れてニヤニヤ顔をわたしの鼻先に突きつけた。


「見たぜよ」
「え?何・・・?」
「聞いたぜぃ」
「え!丸井!?」


後ろから声が聞こえて咄嗟に振り向くと、そこにも仁王と同じニヤニヤ顔をした丸井が立っていた。
そしてその横に同じ表情を貼り付けている赤也。


先輩って意外とやらしーっスよね・・・」
「え!ちょっと、何が!?」
「昨日真田とヤるの気持ち良いーとか言ってたろぃ?」
「は・・・ち、違う!」


それは盛大な勘違い・・・!ていうか覗いてたの!?いつの間に・・・仁王がいると、本当ろくな事にならない!


「やっらしー」
「違うの!それはマッサージがっ」


やっと言い訳聞いてもらえた、と安堵のため息をつこうとしたのに。途端に三人は、にやぁっといやらしい笑みを浮かべた。


「性感マッサージじゃと」
「やらしい」
「やっぱり先輩ってエロいっス」
「だから、違うってば・・・!」


納得してもらえない・・・!というか、アンタらはそういう風にしか考えられないの!?


「お早う。珍しいな、揃って」
「真田!助けて、みんながまた勘違いしてっ」
「またか。言わせておけ」
「なっ・・・!」
「言うのう、真田」


真田ってば、平然と「ああ」とか返してるし。違うし、何もしてないし!慌てるわたしを余所に、真田は「ふん」と余裕じみた笑みを浮かべる。


「別に冷やかされても構わない、と言ったのはお前だろう」
「ぐっ・・・」


今はどこかこの状況を楽しんでいる様子だけど、真田・・・幸村が戻ってきたらただじゃ済まないと思うよ・・・。
尋問される心の準備をしといた方がいい。わたしもだけど!








(20101212)