「おいお前、これやる」
「何?これ」
丸井は嫌そうな顔で(なんで?)コンビニの袋をわたしに差し出している。
何?藪から棒に。いきなり。
「アイス!」
なるほど。今日暑いから、買ってきてくれたんだ。
丸井にしては珍しい。優しすぎて気持ち悪いぐらいです。
「・・・ありがとう。いただきます」
お礼を言いつつ袋を受けとろうとすると、丸井は慌てて袋を隠しました。
・・・何がしたいのでしょう?
「お前が食うのじゃねーよ!」
空気読めよな、とか言いながらガサガサと音を立てて袋の中身を見せびらかしてくる丸井。
袋の中には、同じ種類アイスがふたつ。
「・・・ああ、ごめん」
「わかりゃいいんだよ。ほらよ」
「ありがとう」
袋の中からアイスとヘラを一つづつ取り出して蓋を開けようとしたら、また奪い取られた。
からかわれているのでしょうか。
「・・・ねぇ、丸井何がしたいの?」
「あっち行って食えよな!ほら、やるから。わかんだろボケ」
ボケは余計です。でも丸井はアイスを二つともわたしにくれました。
もしかして丸井はダイエット中なのかな。ダイエットする必要ないくらい細いのに。
前に校内新聞にミスで体重を10キロ増しで書かれたことを気にしているとか?
「・・・お前絶対わかってないだろ?」
「何が?ダイエットしてること?」
「意味わかんねー。だから、それやるからあっち行って柳生と食え」
「! や、柳生と!?なんで!いや!!」
「なんっでだよ!!」
「だって・・・」
わたしは柳生のことが好きでした。
でも普段、ガリ勉とか極厚眼鏡とかイジめては柳生に「言葉遣いが悪い」と怒られたりしていました。
わたしは愛情表現がひどく下手なので、柳生に近づけば近づくほど嫌われる自信があります。
「・・・丸井、一緒に食べよ」
「お前なぁ・・・俺の言ったこと聞いてたのかよ?」
「だってこれはわたしがもらったの!誰と一緒に食べようが勝手でしょ。ということで丸井にあげるね、ハイ」
笑顔でアイスを渡すと、丸井はひどく嫌そうな顔をしました。
「だから!柳生と食えっつったろ!お前見てて腹立つんだよ、柳生が好きなら好きって素直に言え!」
ご冗談を!
わたしが柳生に好きだなんて言えるはずがない!柳生キライ、なら何回言ったか覚えてないくらいだけど。
わたしはもう何を話しても無駄だと思いました。丸井とわたしでは価値観が違う。
仕方ないから、丸井には内緒でジャッカルとでも食べよう。そうすれば後で丸井に怒られるのはわたしじゃなくてジャッカルになる。
「じゃあ、ありがたくいただいてきます。それじゃ」
「・・・おい」
お礼を言って去ろうとしたら、丸井がわたしの肩を掴んできました。
「まだ何か?」
「やっぱり返せよ、それ」
「は・・・?あ、いいけど」
無理に怒られる口実をつくるのも面倒です。
わたしは面倒事がなくなってよかったと思いながら、丸井に袋を突っ返しました。
「さん。アイスを食べませんか?」
・・・丸井にしてやられたらしい。
部室でデータ整理をしていたところ(柳、自分でやってよ)柳生にさっきと同じアイスを差し出されてしまった。
多分丸井の差し金です。
「・・・いらない」
「でも・・・丸井君にさん以外と食べてはいけないと言われています」
やっぱりな答えが返ってきました。
わたしは仕方なく柳生からアイスを一つ受け取ってモソモソと食べ始めました。
隣にいる人のせいで、緊張してうまく食べられない。味がわからない。
「・・・元気がありませんね」
「え、いや、そうでもないんだけど。うん、アイスおいしい」
嘘をついた。味なんてわからないし、たぶん元気もない。
さっき丸井に言われた言葉が頭の中で反芻される。
好きって言えだなんて。丸井なんかに言われて告白できるようなら、とっくに二年も前にしています。
柳生がわたしの顔をじっと見ているのが気配でわかります。
「・・・何?見ないでよ」
「私が隣にいるから美味しく感じられないのではないかと思って・・・本当においしいと思っているのですか?」
「・・・思ってない」
「やっぱり」
柳生は深くため息をつくと、アイスを片手に持って立ち上がった。
「どこ行くの?」
「私は他の場所で、」
「や!ちょっ、待った!!」
我ながらかわいくない引き止め方です。
なんだか今はいどうぞと行かせてしまえば、柳生との仲がこじれるような気がして焦ってしまった。
「・・・なんでしょうか?」
「やっぱりここにいて、ここ」
バンバンと隣の席を叩くと、柳生は素直にそこに座りました。
そしてわたしの顔をまたじっと見ています。やめて!顔が赤くなってしまう・・・。
「貴方は可愛いですね」
「・・・は!?」
素っ頓狂な声が出てしまった。絶対今、わたしの顔は赤い。やだ、柳生何言ってるの!
「な、何言って・・・」
「いつも思っていましたが、伝える機会がなかったもので。貴方は可愛いです、とても」
柳生とは思えない甘い言葉に、わたしは中身が仁王であるということに気づいた。
「私を仁王くんだとお思いでしょう?違いますから」
・・・でも、先回りで否定された。
「柳生、なんか変。からかうのやめてよね、柄にもなく、その・・・照れちゃったじゃない」
「照れてる貴方も可愛いです。触れてもいいですか?」
ちょっと待ってー!脈絡なさすぎない!?
柳生は何がしたいのだろう・・・わたしが不思議に思って考え込んでいると、了承なしに柳生はわたしを抱きしめてきました。
「な、何するの柳生!」
「嫌、ですか?」
「・・・嫌、じゃないです」
不安げな柳生の表情に気圧されてしまった・・・。
でもワケがわからないこの状態が、わたしだって不安なんです。
「・・・あの、柳生」
「何でしょうか。私は今、すごく幸せです。邪魔しないで下さい」
怒られてしまった・・・。
幸せ・・・わたしを抱きしめて、柳生は幸せ・・・。
わたしは勇気を出して言葉を搾り出しました。
「柳生、もしかしてわたしの事好きなの?」
「・・・」
あ、なんだろう、この顔は。
柳生って、いつも眼鏡のせいで表情がわかりません。
何言ってんだ、コイツ?という顔をしているような気がしてしまいます。
「なんですか今更」
「は?」
ポカンと口を開けていると、唇に柔らかいものが当たりました。
・・・キスを、されてしまいました。
なんなんですか、この人!紳士じゃなかったの!?
いきなり付き合ってもいない女にキスするなんて、失礼だと思います!不覚にも嬉しいけど!
「あ、や、やぎゅ・・・?」
「伝える機会はありませんでしたが、貴方はとっくの当に気付いて下さっていると思っていたのに・・・」
「・・・な、何が?」
「私が貴方を愛しているという事をですよ」
「え!?」
「私は、貴方が私を愛して下さっているという事をきちんと知っていましたよ」
「何故!」
「認めましたね。やはり、そうでしたか」
「・・・はっ!」
なんかうまい事乗せられてしまいました!
柳生はニコニコと笑いながら未だわたしを抱きしめています。
「さん、貴方が好きです。貴方も素直に私を好きだと言って下さい」
「・・・や、やだ」
「・・・本当に可愛くないですね、貴方」
「ひ、ひど!さっき可愛いって言ったのに!」
「私を見て素直に赤面している時なんかは可愛いですが」
「そんな顔した事ないよ!」
「いえ、いつもしていますよ。今みたいにね」
柳生はそう言うと、スッと顔を近づけてきました。
途端に顔が熱くなるのがわかります。
「ほら」
「柳生・・・ほんとキライ」
「・・・もういいです。暫く待ちますから。貴方から好きだと言って下さった際にはお付き合いしましょう」
「え!」
「なんです?今言えば、今から私たちは恋人同士ですが」
・・・柳生はずるいと思う。
チラリと表情を伺うと、楽しそうに笑っています。
「・・・ごめん。もう少し待って」
「早くしないと、どこかへ行ってしまいますよ」
「! お願いだから!」
「嘘ですよ。貴方が可愛いのでからかってしまいました」
「・・・もう」
柳生がどこかへ行ってしまわないよう、今言おうとわたしは決心しました。
・・・心の準備が!
柳生は楽しそうにわたしを見つめています。
まったく何から何まで柳生の思い通りみたいで面白くありません!
「柳生、あのね・・・」
(20080808)この瞬間の精一杯