「どうしてお前はそうなんだ」
「何が?」


いやな感じの言い方だ。自分の視線も嫌味を含んでいた。
思い切り寄せた眉間の皺を見た柳の同じ場所に薄く皺が寄る。


「俺が気付かないと思ったわけではないだろう」
「気づいたの?」
「当たり前だ」


どういうつもりだ、とは言わなかった。問い詰める事はしないだろうなというのも想定していた。
十中八九、柳が言いたいのは、わたしが仁王と遊んだ事についてだと思う。


「昨日、俺が誘っただろう」
「うん」
「・・・何故だ」
「何が?」
「どうしてそうなんだ」


話は元に戻る。どうしてと言われても、これがわたしだから。
可愛くない?だったら別れればいいじゃない。イライラとしながら柳を見ると、「違うんだ」と、よくわからない弁解が返ってきた。


「何故、俺を断って仁王を選ぶ」
「何で?自分で考えればいいのに。柳はなんでも知ってる」
「お前が怒っているのは、それが理由なのか?」
「わけわかんない。別に怒ってないし」
「いいや・・・・・・そうだな」


怒っているだろう。続けようとして、それを言えばわたしがもっと機嫌を損ねると気づいたんだろう。
柳はずるい。わたしは柳と同等でいたいのに、柳はなんでも知ってて、なんでも持ってて。
なのに、わたしは柳の事なんにもわかんない。なんにも持ってないし。だから、仁王に誘われたのは嬉しかった。だから付いて行った。


「何か、したのか」
「何かって何?柳は知ってるはずじゃない」
「知らない。仁王は教えてくれなかった」
「聞いたの?」
「・・・すまない」
「勘ぐってるんだ」
「・・・ああ、正直」


柳にわかんない事があるのが、わたしには嬉しかった。
こんなのって意地悪だな、とも思うけど、優越感の方が勝る。でも、それよりも信用されていないという事実が胸を突いた。
自然と涙が浮き上がったけれど、必死でひっこめる。


「・・・別れる?」
「どうしてそうなる」
「柳が、わたしの事信用しないから」
「お前はそれでいいのか」
「構わない」
「わかった」


即答した柳に、胸を締め付けられる。
うつむいたまま、顔をあげる事が出来なかった。いけない。今、顔をあげたら泣いてしまう。
布が擦れる音がした。柳が行ってしまう。


「柳は、わたしのものにならなかった・・・」
「それはお前だろう」


わたしは、ずっと柳のものだったじゃない。
心は振り回されっぱなしで、ずっとずっと柳の事ばかり考えてたのに。ゆるく涙が頬を伝って、手の甲に落ちた。


「それでも、俺は最初から最後までお前の事が好きだったぞ」


柳が言ったその言葉に優しさを感じた。
顔をあげると、柳は薄く微笑んでいて、どうして最後によりによってそんな顔をするのかと恨み事を言いたくなる。


「どうして泣くんだ。お前が言いだした事だろう」
「泣いてないよ」
「拭け」


もう触り慣れた感触の懐紙を無言で受け取って、鼻をかんだ。
柳は何もいわずにかみおわった懐紙を奪い取り、ゴミ箱へと捨てた。


「正直、離れたくないな」


最初から、そう言ってくれれば、わたしも泣かずに済んだのに。
ううん。わたしが余計な事を言わなければ、しなければ・・・。
やっぱり悪いのは、いつもわたしじゃない。謝ろう。そう思って口を開いた瞬間、柳が先に言葉を放った。


「話をしないか」
「・・・今、してる」
「たくさん話したい。質問をしてもいいだろうか」
「・・・どうぞ」
「少し寄ってもいいか」
「いいよ」
「手を握ってもいいか」
「・・・好きにしたらいいのに、勝手に」


だからと言って調子に乗っていいとは言ってない。
でも、わたしは抱きしめてきた柳を振り払う事は出来なかった。
抱きしめ返す事もしなかったけど、おとなしく腕に抱かれていた。


「仁王の事が好きか」
「面白いから好きだよ」
「俺の事は好きか」
「・・・」
「どうして答えない」


まだ、少しの時間しか経っていないのに。
声に焦りを感じて、わたしは嬉しくて笑ってしまった。仕返しをするように、柳は腕に力を込めた。


「くるしいよ」
「答えろ」
「好きだよ」
「俺ではいけないのか」


切羽づまったような声に、やりすぎたな、とすぐに思った。
でも柳が悪いんだよ。柳は誰にでも優しいから。鼻の奥がつんとした。


「柳が、いいよ。・・・ねえ柳、妬いてるの?」
「ああ、妬いている。俺に手間を掛けさせないでくれ」
「どんな手間?」
「仁王を見るとイラついて集中できない。非常に迷惑だ」
「あはは」
「笑いごとじゃないだろう」


眉間に寄った皺は消えない。
少し体を離して顔を見ても、やっぱり消えていなかった。いらだったような表情が、なぜか嬉しい。


「他の男に奪われるのは我慢ならない。これが俺の気持ちだ」
「柳は、わたしの事、大好きなんだね」
「ああ。仁王とは何もないのか?」


目のはしっこが、少し赤いように感じた。
もしかして、照れてるの?思わず笑うと、柳はむっとしたような表情で「笑うな」と言ったけど、その直後に白い肌がピンク色に染まっていった。


「何もないよ、柳」
「お前がずっと俺だけの人だったらと、よく思う」
「わたしも、柳がわたしだけの人ならなぁと思うよ」
「少なくとも俺の気持ちはお前のものになっているだろう」
「同じ言葉をそっくりそのまま返させてもらうよ」


柳が、こつ、と額を合わせてきたから、わたしは「ごめんね」と「大好きだよ」を言って謝った。
許しの言葉はなかったけど、ほほ笑んだ柳が「もういい」と言った気がした。






(20110804)