もう言ってしまおうか。


「どうした?」


小さく首を傾げる柳。
弱いわたしは小さく笑った。


「ううん、なんでもない」


・・・言えない。
柳が好き、だなんて。

柳の興味がわたしから黒板へと移ったところで、小さくため息をついた。
バカみたいに黒板に嫉妬してから、思う。

今日、家に帰りたくないな・・・

柳が行くな、って言ってくれればいいのに。何も告げてないんだから、柳は止めようもないけれど。


「・・・柳。今日、着物の着付け、よろしくね」
「ああ。任せておけ」


約束したのは一週間も前なのに、何も聞かないんだね。
普段はくだらない事でいちいちねちねちと色々聞くくせに。柳のバカ。

わたし、知らない他人のお嫁に行かなきゃいけなくなりそうなのに。

涙を隠すように、わたしは机に突っ伏した。





















わたしは母親の友人の息子、という得体の知れない人間と今日お食事会(という名の見合い)をするのだ。
こんなわけのわからない話を持ってきた母親を恨まざるを得ない。

しかも相手はかなり前向きに検討しているという。その母親も。そしてわたしの母親も。
話がまとまってしまったらどうしよう・・・その可能性は、ひどく高かった。

付き合っているわけではないけれど、柳と一番親しい女の子はわたしだと思っていた。
当て付けのように柳に当日の着物の着付けを頼んだ。柳は、快く引き受けてくれた。
勘の鋭い柳の事だ。理由を告げなくとも、気付いてくれると思ったのに。

それなのに・・・全く理由を聞きもしない。

それとも、わたしなんてどうでもいいから知らないふりでもしているのか。


「いつまでそこにいる気だ」
「あ、柳・・・」


玄関の扉が開いて、柳が顔を出した。
柳はわたしの二の腕をぐい、と引っ張って家の中へと招いてくれた。


「予想より3分遅い」
「遅刻はしてないよ」
「ああ。よく来たな」


薄く微笑む柳。

・・・やっぱりわたしは柳の事が好きだ。大好きだ。

いくらそう思ったって仕方がない事、わかってるけど。わたしは見合いに行かなければならない。
悲観的になっているところで柳が腕を離すものだから、わたしは置いて行かれてしまうようですごく寂しくなった。


「こっちだ。和室がある」
「・・・うん。柳の家、広いね」
「嫁に来るか?」
「え・・・?」


突然、振り向いた柳はしっかりと目を開けて、わたしを真っ直ぐに見つめていた。
・・・目が離せない。何もかも捨ててもいい。わたしは柳がほしい。そう思った。
その瞬間、柳は目を閉じてフッと笑った。


「冗談だ」
「・・・わかってるよ。いかないもん」
「そうか。残念だ」


柳は最低だ!人の心掻っ攫っておいて、残念だなんて嘘の文句!思ってもいないくせに!
柳がいなかったら壁に蹴りでも入れていただろう。ものすごく期待した自分が悔しい。
わたしが苛立っている間に、いつの間にか和室に到着したらしい。

わたしの体を部屋の中へと押し込み、柳は襖をぴしゃっと閉めた。


「早速取り掛かるか」
「うん、よろしくお願いします」
「ああ。ちょっとすまない」


柳はわたしの真正面に回りこみ、自然に胸元へと手を伸ばした。
長い指が、わたしの胸のラインを撫でる。体が勝手にびくりと揺れた。


「え・・・や、柳・・・?」
「脱げ」
「え!?」


驚くわたしを余所に、柳はわたしのネクタイに手をかけ、しゅるりと抜いた。
そして再度、胸のラインをすぅっと撫でる。
どうしよう・・・すごくドキドキする・・・
柳はわたしの耳元に唇を寄せた。息がかかる距離。くすぐったい。


「ちょ・・・柳・・・っ」
・・・この下着、ワイヤーが入ってるな」
「は・・・?」
「ワイヤーが入っていなければ、そのまま着せても良かったんだが」


柳はわたしから離れて、じぃっとわたしを見つめていた。
なんだ、そういう事・・・おかしな期待をしてしまった自分が恥ずかしい。
俯くと、柳が笑っているのがわかった。


「一体何を期待したんだ」


その言葉に、顔が熱くなるのがわかる。
更に俯き顔を隠すわたしを笑いながら、柳は突然ワンピースのチャックを一気に下ろした。


「やっ・・・!ちょっと待って、自分で脱ぐんじゃないの!?」
「お前はとろそうだ。俺がやる」
「ま、待って!わたしとろくなんてっ」
「その証拠に、先ほど俺が脱げと言ってもすぐに脱がなかった」
「ぐぅっ・・・」


そう言われては返す言葉は・・・
いやいや、脱げって言われて素直にハーイって脱ぐ女がどこにいるだろうか。
考えている間に、柳はごく自然な動作でわたしの体を横たえ、靴下までも脱がせはじめた。

待って、待って・・・!


「えっ、やっ、やだ・・・どこまで、その、脱がされるの・・・」


不安に思い見上げると、柳は至極真面目な顔でスカートの中に手を突っ込んで、下着の腰元を引っ張った。


「これ以外全部脱げ」
「えぇぇええ!?」


パンツ以外、全部!?
それって、柳に裸体を晒せという事!?
ちょっと待って、おかしいおかしい!


「む、無理だよ!それって柳に裸見せるって事でしょ!?」
「気にするな。着せる時にどうせ見る」
「どっちにしても見るの!?」
「不満ならやめてもいい」
「や、困るよ!でも、よそに嫁にいくかもしれないっていうのに、他の男に裸を見せるっていうのも・・・」


いや、わたしはいく気ないけど・・・でもそれってー・・・
考えてわたしはハッとした。

何気なく見合いの事を口に出してしまった・・・!

別に隠すつもりはないけれど、なんとなく気まずい・・・。
顔を上げると、柳は何故か怒った顔をしていた。

・・・柳が怒ってるの、初めて見た。


「何故俺に告げなかった」
「・・・だって」
「言え。何故だ」


柳はずいっとわたしに顔を近づけた。
次の瞬間、柳は寂しげに俯いたかと思うと、すぐに目を見開いた。

わたしの頭の下に手を入れ、柳はいきなりわたしに口付けた。

わたしもう、すっごくすっごく驚いて、緊張して、でも嬉しくて。まったく動けなくなってしまった。
普段の柳からは想像できないほどの甘いキスで、頭がぼーっとする。


「どうして言わない・・・」


唇を離して、柳はわたしの体を強く抱いた。
わたしは柳が好きで好きでたまらなくて。
広い背中に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。


「わたし、柳が好きだよ・・・よそにお嫁になんて行きたくない・・・」
「余所になど行かせるものか・・・お前は、俺のものだ」
「柳・・・!」


柳はわたしを安心させるように何度も優しく撫でてくれた。
抱き締めあったり。キスをしたり。柳からたくさん好きという気持ちが伝わってくる。

幸せな時間は簡単に過ぎていってしまう。
気付いた時には、もう外は暗かった。時計を見て、わたしは顔を顰めた。

六時。母親と相手の家でと待ち合わせたのは六時半だった。

わたしは着物すら着ていない。もう、間に合わない。
でも、すっぽかしたら母親の顔を潰してしまう。断りを入れる為に、わたしは行かなければならなかった。
柳と離れたくない気持ちを頑張って内にしまい込み、柳の胸に手をついて体を離した。


「・・・どこへ行く気だ」
「ちゃんと行って、ちゃんと断ってくる」
「その必要はない」


柳はわたしの体を強く抱き締めて離してくれなかった。
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる柳は、まるで「行かないでくれ」とでも言っているようで、ひどく心が痛む。

出来る事なら、わたしだって離れたくないよ。


「・・・ちゃんと柳のところに戻ってくるよ」
「本当にいく必要はない」
「ちゃんと断らなきゃいけないから・・・」
「・・・断られては困るんだが」
「え?」


どういう意味?
きょとんとした瞬間、襖が乱暴に開かれた。
その奥にいる人物を見て、わたしは目が点になった。




え。お母さん・・・?




え?連れ戻しに来たの?約束の時間、まだじゃん?
何でわたしが時間に来ないってわかったの?エスパー?え?
固まっているわたしをよそに、母親は更にわたしを混乱させるような事を言う。


「もう、先に来るならそう言いなさいよ・・・まったく」
「・・・は?」


わたしが混乱しているのを悟ったらしい。
わざとらしいほどの盛大なため息をついて、母は横にいた柳を指差した。


「わかってる?蓮二くん。の婚約者」
「・・・え?」


どういう・・・え・・・?



「えぇぇえええええ!?!?!?」




やっぱりわかってない、とため息をつく母親。


「ほんとバカな子でごめんなさいね」
「いえ」


ふと柳を見ると、普通に母親と会話をしている!ちょっと待って、その様子・・・!

柳は最初から知ってたんだ!わたしが見合いに行く事も、そしてその相手が自分だという事も!

怒ったのは、どうして見合いをする事を隠したのか。俺に隠れて嫁にいく気だったのか。
そういう事だったんだ・・・!


「すごく騙された気分・・・!柳のバカ!」


なんて事言うの!と母親は怒る。
そのまま、柳のお母さんに挨拶するからとぷりぷり怒りながら行ってしまった。

柳は薄く目を開けて、嘲笑するようにわたしを見つめた。


「なかなか面白いものを見せてもらったぞ」
「からかうなんて、ひどい・・・!」


必死なわたしを慰めるふりをして、心の中で笑ってたんだ!
柳って、なんて悪趣味・・・


「からかったとは人聞きが悪い。ちゃんと嫁に来るかと俺は尋ねただろう」
「冗談だって言ったくせに!」
「お前がすぐに答えないからだ。とろすぎるぞ」


なんて言い草・・・!


「柳って意地悪だ・・・」
「すまなかったな。もう不毛な夫婦喧嘩はやめよう」


・・・柳は、わたしが喜ぶ言葉や行動を全部わかってるんだ。
これ以上、この人に溺れてわたしはどうなってしまうんだろう。


。俺はお前を愛している」


・・・溺れたっていいや。一生柳に溺れていられるなら本望だ。
返事の代わりに、わたしは目を閉じた。






(20170604)お誕生日おめでとう!