、風呂に入るぞ」
「・・・いい、今日は」


動き出していた蓮二の背中が、ピタリと止まった。
どうしよう。なんて言い訳をしよう・・・。
ドキドキとうるさいわたしの心臓に反して、蓮二は簡潔に一言だけ放った。


「そうか」


近頃は蓮二が忙しかったせいで、もう何ヶ月も一緒にお風呂なんて入ってなかった。
久しぶりに一緒に入れるとわかって、わたしは嬉しかった。本当に嬉しかった。
お風呂も好きだし、蓮二の事も大好きだから、蓮二とのお風呂の時間はわたしにとって本当に極楽な時間だった。

でも・・・

ちらりと蓮二の方を見ると、特に嫌な顔もせず、飄々とわたしの前でシャツを脱ぎだしていた。
わたしがじぃっと見ている事に気付いたのか、くるりと振り向いて一言。


「本当に入らないのか」
「・・・うん」
「不潔だぞ」
「ううん、帰ってから入るの」
「・・・そうか」


拒絶されている。そう思ったに違いない。
その証拠に蓮二は、背中を丸めて若干とぼとぼといった歩き方で浴室へと消えて行った。
蓮二が消えたのをしっかりと確認して、ソファに寝そべって深く息を吐く。

・・・苦しい。























「宝の持ち腐れ」
「え?」


廊下で蓮二と話していたら、急に誰かに二の腕を掴まれて連れ去られた。
その犯人を見上げる事が出来た時には、わたしは非常階段なんて来た事もないような場所にいて、仁王くんに睨まれていた。


「どうして無理して隠す?」
「何が?」
「胸」


心臓がどくんと音を立てた。その音を隠すように胸元を隠す。
仁王くんが喉の奥でククッと笑った。


「何もせんよ。それ、サラシか?」
「・・・・・・」
「だから、獲って喰ったりせん」


頭をふわふわと撫でて「お前さんは参謀のじゃけえ」と言われて、少し緊張が解けた。

これが成長期というヤツなんだろうか・・・甚だ、自分の体がこわい。
ここ最近、胸が異常に痛くてなんだなんだと思っているうちに、わたしの胸はあれよあれよという間に膨らんでいった。
こんな体で蓮二と二人で”体を綺麗にする”という目的でお風呂に入れるはずもなく、最近はずっと一人風呂だ。とても寂しいけれど。
蓮二にバレて、一緒にお風呂同盟を解散されたら困るし・・・と、わたしは無理にサイズの合わない下着を着けて生活していた。

お陰で、毎日胸が圧迫されて苦しい。色んな意味で、苦しい。


「・・・小さいサイズの下着を着けてるの」
「勿体ないのう、形崩れるぜよ」
「どうして、そんな事知ってるの?」
「まぁ気にしなさんな」


ごまかすように背中を向けて、仁王くんは外の景色を眺めていた。
わたしも横に並ぶ。手すりに胸を押し付けて景色を覗き、胸元を見てため息。


「いつまで参謀に隠しとくつもりじゃ?」
「わかんない・・・困ってるの、どうにかならないかなぁ?」
「どうにもならんじゃろ。なぁ、?」
「んー?」


見上げると、仁王くんは妙に真剣な顔つきでわたしを見下ろしていた。
一度きゅっと唇を結んで、仁王くんはゆっくりと唇を開く。


「男で巨乳が嫌いな奴はおらんぜよ。この年の男だと特に」
「・・・うん、ありがとう」


どうして、こうかなぁ・・・。
マヌケな話を真剣な顔つきで話す仁王くんを見て、テニス部ってバカばっかりなんじゃ・・・
と、もじゃもじゃ頭の後輩の顔を思い浮かべた。















「蓮ちゃーん」
「どうした?」


今日は、お風呂に誘ってもくれない。
蓮二が脱ぎ捨てたシャツに顔をうずめて、わたしはぽつりと呟いた。


「巨乳、貧乳、美乳。どれがいい?」
「・・・それは好みの話か」
「うん、そう」


蓮二が巨乳好きだったら、ショックだなぁ・・・そんな淡白そうな顔して。むっつり蓮二。
シャツから目だけを覗かせると、蓮二は少し考えて、わたしに視線を寄越した。薄く開いた目。


「お前のものならば、どれでもいい」


何の気なしにそう言って、蓮二は浴室へと行こうとしている。
それを「ちょっとちょっと、蓮ちゃん」とズボンを引っ張って引き止め、わたしは再びシャツに顔を埋めた。


「どうして、そんな女ったらしみたいな事言っちゃうの・・・?」
「照れているな」
「ほっぺた撫でないでっ!」
は弱いからな。まぁ、わざとやったんだが」


フフッ、と楽しそうに笑う蓮二。
一つ一つの仕草が本当に様になるというか・・・わたしのツボに見事にハマってるんだよ。
顔が赤いとわかっていたけれど、シャツから顔を出して、もう一度ゆっくり尋ねた。


「どうして・・・いつから、そんな女ったらしみたいな言い方するようになったの?」
「ヤキモチか?」
「違います!」
「つまらないな。にしか言っていない、別に構わないだろう」
「あ、また言った!仁王くんみたい!」
「アイツと一緒にするな。俺はお前の照れた顔が見たくてやっているだけだ」


カッと目を開いて、微笑。
それ、やられると本当に動けなくなるのに・・・動きが止まったのをいい事に、蓮二がわたしに唇を寄せる。
耳たぶに優しくキスしてから、ぼそりと低い声で呟く。


。久々にお前の体が見たい」


わたしは、弾けたように蓮二の体から離れた。
顔が真っ赤なのを見て、蓮二は満足そうに笑っている。
けれど、諦めたわけじゃない事は、蓮二の開きっぱなしの目を見ればわかる。
そして、その奥に宿っている光を見れば、絶対に諦める気がない事も。


「コラ、どこへ行くつもりだ」
「やっ、やだ蓮二!」
「風呂ぐらい構わないだろう、さっさと脱げ」
「いや、やなの、蓮ちゃん、お願い・・・」
「その手には引っ掛らない」


騙されてくれた事もないくせに「何度騙された事か」とからかうように言う蓮二。
綺麗な手が、わたしのシャツのボタンに掛かるのに見とれてしまう。
わざとゆっくりと動かしているのがわかっているのに、わたしはすっかり大人しくなってしまった。
でも、ボタンを全部外されてしまえば、そこにあるのはカップから醜くはみ出しているわたしの胸だけだ。


「や、やっぱりやめて!蓮二、今度にし、!?」
「・・・こんな事だろうと思っていた」


蓮二はずるい。ずるすぎる。というか、酷すぎる!
シャツのボタンを全部外すフリをして、蓮二は背中にあった下着のホックをぷつっと外してしまった。
途端に窮屈になるシャツ。蓮二は冷静な目で、わたしの胸元を見つめている。


「れ、蓮、二・・・見ないで・・・」
「何故だ」
「だって、一緒にお風呂、っ・・・」
「何故泣く。俺は相当な鬼畜男だと思われているようだな」
「え」
「何もしない。風呂の中でお前に手出しはしないと約束しよう」


無理にわたしの小指を捉えると、蓮二は勝手に簡潔に指きりをして、わたしの体を抱えて立ち上がった。


「蓮二、」
「どうせ俺が風呂で不埒な事でも始めると思ったんだろう」
「・・・ご名答です」
「随分酷い男だと思われているようだな、心外だぞ。」
「蓮二、ごめんね」
「もう断るのはやめろ、心臓に悪い」


そう言って眉を顰めたから、本当にそう思っててくれたのかなぁと嬉しくなる。
クスクスと笑いながら、冗談交じりに蓮二のおでこにキスをしていると、蓮二もクスリと笑った。


「ただし、風呂から上がったら覚悟をしておけ」
「・・・蓮二、鬼。」
「何か言ったか?」
「別に・・・」




(20180331)