「は?」


ぽかんと開いたわたしの口の中に蛍光ピンクのドギツイ甘さの飴を突っ込むと、丸井はどんっと頬杖を付く。
それはまるで先生に怒られた時のように不貞腐れたような、機嫌が悪い顔をしていた。


「ジャッカル、ブラジル帰るんだって」
「・・・うそ」
「知らねーよ」


不貞腐れたような、じゃなくて、すっかり不貞腐れてしまった丸井は机に突っ伏したきり、動かなくなった。

もしかして、ジャッカル、ずっと帰りたかったのかな。全国大会のテニス・・・終わっちゃったからなのかな。 みんなと優勝を手にする為に日本にいたのかと思うと、敗退という事実が無性に悲しかった。

来年は絶対、とか、高校では絶対、だとか、そういうわたしの言葉に、笑顔で「当たり前だろ」と頷いたジャッカルは、あの笑顔は、嘘をついていたんだろうか。


「ねぇ丸井・・・」
「泣くんじゃねーよ、みっともねー」


そう言った丸井の背中は震えてた。












、」


思わずびくんと体を揺らしてしまった。
条件反射で出てきた涙をずっと鼻を啜るのと一緒に引っ込めて、わたしは笑顔で振り向いた。


「ジャッカル!どうしたの?」
「あれ、お前、風邪か?ティッシュあるぜ、駅前で配ってたヤツ。やろうか」
「・・・うん、ありがとう。」


タダで貰えるポケットティッシュなんかよりも鼻に良いような柔らかいのをいくつも携帯していたけど、ジャッカルが持っていた物ならなんでもほしい。
だって最後かもしれないし。遺品じゃないけど・・・記念に。
手を差し出すと、ジャッカルは通常の中身が白いティッシュじゃなくて、中身が黒いティッシュをくれた。パンダの絵が描いてある。


「あ、すごい。なにこれ?黒い!」
「なっ、すげえだろ!ハハ」
「ジャッカルみたいだね」
「俺ここまで黒くねえよ」


無邪気に笑うジャッカル。
どうして、そんな平気で笑っていられるんだろう・・・そう思うと悲しかった。
わたしはジャッカルとの別れが悲しい。すごく、すごく悲しい。ジャッカルは寂しくないのかな・・・。


「・・・あれ。お前、泣いてんのか?」
「別に」
「げ、泣いてんじゃねえかよ!」
「鼻水出すぎて目からも出てきた」
「そんなワケあるかよ!貸せ!」


さっきくれたティッシュをわたしの手からひったくると、ジャッカルはわたしの涙をぐいぐいと拭き始めた。
拭き方が乱暴な上に、ティッシュが硬くて痛い、けど嬉しい。でもやっぱり悲しい。感情が滅茶苦茶だ。


「ジャッカル、痛い」
「あ、わり。なぁ・・・どうした?」


心から心配しているような、眉を思い切り下げた表情で顔を覗き込んできたジャッカル。
わたしはつるっとしたおデコ目掛けて、思い切りビンタを放った。


「いってえ!何すんだよ!」
「ねぇジャッカルは平気なの?」
「は?お前が泣いてるのは、ちょっと困るけど・・・」
「そんな事じゃない。もっと困る事、あるじゃない」
「・・・ブン太とか?でももう慣れ、」
「ああもうジャッカルのわからずや!!」
「うおっ、あぶね!」


横の机に置いてあった柳のノートを思いっきり振り下ろした。避けられたけど。
思いっきりジャッカルの胸にノートを投げつけて、わたしはしゃがみ込んで泣いた。
布が擦れる音が聞こえて、ジャッカルも一緒にしゃがみ込んだのがわかった。


「なぁ、マジでどうしたんだよ。俺に言えない事か?」
「言いづらい・・・」
「・・・そ、っか。」


ジャッカルは何も言わずに、わたしの頭を撫でてくれた。
少しだけ顔を上げてみると、ジャッカルの方が泣きそうな顔をしていた。
わたしが顔を上げている事に気付くと、困ったように白い歯を見せて笑った。
ありふれているはずのジャッカルの笑顔の一つ一つが大事で、ぽたぽたと涙が床に落ちていく。


「・・・わたし、ジャッカルの事好きだったみたい」
「えっ!つーか過去形かよ!?」
「だって!ジャッカルがブラジル帰ったら元も子もないじゃん!」
「え?俺?」

「そうだよ・・・わたしは、ジャッカルがこっちにいるなら、ずっと一緒にいたかったもん。隣にいて笑い合いたかったもん」


ジャッカルは、呆けたような表情をしていた。
餞別だと自分に言い聞かせて、わたしはジャッカルの頭を抱き寄せて、おでこにキスした。
顔を離すと、ジャッカルはもっと呆けたような表情でわたしを見ていたから、おでこをぺちっと叩いてやった。


「元気でね、ジャッカル」


もうこれでおしまい。もうジャッカルの事、考えるのやめる。
ジャッカルは、ただのチームメイトだよ。
いなくなったって・・・幸村とか、みんないるから大丈夫だもん。
ず、と最後に鼻を啜ると、ジャッカルががっしりとわたしの肩を掴んだ。


「・・・おい」
「なに?」
「なんで俺ブラジル帰る事になってんだよ」
「え?」
「帰らねえし!普通に立海の高校行くし!」
「・・・えええええ!!!」


じゃあ、一体、あの噂の根源は・・・。
あっ!と気付いてドアを開けると、部室の外で丸井がうずくまって震えてた。仁王も一緒にいるし・・・笑ってる、コイツら・・・!!


「ねぇ、ちょっと・・・今日机に突っ伏して震えてたの、泣いてたんじゃないの・・・」
「笑ってたに決まってんだろぃ!おめー、マジにとって悲しんでんだもんよ!ヤベェマジウケる!」
「ばっ・・・やっていい事と悪い事があるでしょー!」
「わ、わりぃわりぃ・・・つーかチューって!ハゲにチューって!元気でね・・・って!アハハハ!!!」


チクる!真田に絶対チクってやる!
悔しさのあまり拳を握り締めてぷるぷる震えていると、ジャッカルが後ろから肩をぐいっと引っ張って、耳元に唇を近づけてきた。


「俺、日本にいるから。な?だから、ずっと隣で笑ってろよ、お前」


ジャッカル・・・。


感動で振り向いたのに、ジャッカルは丸井と仁王みたいに笑い堪えてぷるぷる震えてた。
・・・いや、嬉しくて笑ってるんだよね?勝手に勘違いしておこう。
笑顔で返すと、ジャッカルもちゃんと、わたしの大好きな笑顔を返してくれた。




(20171103)