「ふーじっ!今年は何個もらったんだよっ」
「内緒だよ」


不二くん・・・本当に何個もらったんだろう。
ちらりと何気なく視線を向けると、菊丸くんが「教えろよー」と不二くんの周りをちょろちょろと歩いていた。
わたしも知りたい。菊丸くん、頑張れ。


「残念だけど、待ち合わせしてるからもう行くよ」
「まぁた女の子だろ、どーせ。不二やらしー!」


菊丸くんのからかう言葉に優雅に微笑むと、不二くんは颯爽と去って行った。
わたしは俯く。結局、わからなかった・・・。菊丸くんもっと頑張ってよー・・・。


「あっ、いい匂いだ」
「ん?わ、菊丸くん・・・!」


ふと足元に目を向けると、そこには菊丸くんが猫のようにしゃがみこんでいた。
机の横にひっかけてある紙袋のにおいを嗅いでいる。


「だ、ダメッ!」
さん、誰にチョコあげんの?」
「あ、あげないよ!」
「嘘だー。これチョコじゃんか」


菊丸くんの表情が徐々にニヤニヤ顔になっていく。まずい。からかいモードに入ってしまう。
わたしは紙袋を背中に隠した。目の前の菊丸くんはますます怪しいとばかりにニヤニヤと笑う。


「違うの、これはっ」
「これは?あれー、手紙も入ってるみたいだけどな」
「これは・・・い、乾に不幸の手紙と汁を送ろうと!」


あ、バカ・・・!
でまかせを言った事を後悔しても、もう遅い。
菊丸くんは爆笑しながら何気なく「へー、じゃあ不二にはあげないんだー」と言った。


「どうして不二くんにっ」
「不二のヤツ、気悪くするだろうなぁ」
「なんで・・・?」
「だって乾にあげて、不二にはあげないんでしょ?それはまずいっしょー」


不二くん、意外とプライド高いんだなぁ・・・。乾はもらって自分がもらえないのは許せないなんて。
あんなにいっぱいもらってるから、もういいじゃない。考えていると、後ろの紙袋が取り上げられてしまった。


「あっ・・・!ふ、不二くん!」
「ふぅん、汁ね・・・それ、是非飲んでみたいな」


不二くんは目を見開いてこっちを見つめていた。
本当ならばハイどうぞ、と差し出すところだけど、中身が汁じゃない以上、それは出来ない。
わたしは俯いて、手を出しながら言った。


「だ、ダメなの。それ、返して・・・お願い」
「・・・そう。残念。また今度ね」


不二くんは物凄く機嫌が悪くなってしまった!
どうしよう・・・そんなに汁が好きだったなんて。別の嘘にすれば良かった・・・。
どうしたら不二くんに機嫌を直してもらえるか、わたしは必死で考えた。


「ねぇさん。ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「え!何かな?」
「これ、僕と一緒に運んでくれない?」


そう言って、チョコレートが大量に入った紙袋を差し出す不二くん。
わたしは視線を上げた。・・・笑顔だ。手伝えば、機嫌を直してくれるかな・・・。
わたしがおずおずと紙袋を受け取ると、不二くんはすごく嬉しそうに笑ってくれた。














「ねぇ、不二くん・・・わたし、もっと持てるよ」
「女の子に、こんな重い物持たせるわけにはいかないよ」


結局、わたしは胸に抱えた紙袋一つ。不二くんは残りの紙袋を全部一人で持っていた。
これじゃあ、ついてきた意味ないよ。どうしよう、後でまた機嫌悪くなったら。
俯いていると、不二くんの背中にぶつかってしまった。


「あっ、ごめん!」
「ここでちょっと待ってて」
「え?」


そこは門の前だった。あれ、部室に持っていくんじゃ・・・
考えていたら、門の前にかっこいい車が止まった。
中から出てきたのは、すっごく綺麗な女の人!いい女、っていう感じの。
うわー、誰だろう・・・もしかして不二くんの恋人では・・・。


「周助!」


ズガーン!って頭に大量のチョコレートが落ちてきたかと思った。本当に。
呼ばれた不二くんは嬉しそうに女の人に走り寄ると、持っていた紙袋を全部その人に差し出した。
女の人が「ありがとう、助かるわ」と言っている間に、わたしの手にあった紙袋も奪い取って、不二くんの手で車に乗せられた。
わたしがぽかんとしている間に、女の人は不二くんの肩をぽんぽん叩いて車で颯爽と走り去ってしまった。


「状況つかめてないでしょ」
「うん、まったく・・・」
「僕の姉さんなんだ」
「お姉さん!?」


これは驚いた!だって、全然似てない・・・!
いや、でもあの綺麗な輪郭とか見てると似てるのかも。
じーっと不二くんの顔を見つめていると、不二くんはふふっと笑った。


「僕が貰ったチョコを、姉さんが会社で配るんだ。効率的だろ?」
「・・・でも、あげた人が可哀想じゃあ」
「僕は好きな人から一つ貰えればいいと思ってるから」


好きな、人・・・?

またもショックが訪れた。不二くんには、好きな人がいた!
うわー・・・俯くわたしの肩を、どんまいとでも言いたいのか。不二くんがぽんっと叩いた。


「だから、くれるかなさん」
「うん?」
さんからチョコレートが欲しいんだけどな」
「・・・えっ!?」


予想外の言葉が、形の良い唇が飛び出してきて、わたしの体は飛び上がりそうなった。
一体、それはどういう意味なの?わたしからチョコがほしいの?それって・・・え・・・?


「僕、さんが好きなんだ」
「えっ!」
「・・・ダメ?」
「ダメじゃないっ!わっ・・・」
「ん?」


ごくりと喉が上下するのが自分でもわかる。
わたしは精一杯の勇気を出して、俯きながら声を絞り出した。


「わたしも・・・んっ」
「嬉しいな」


不二くん、手はや!
返事をした瞬間。本当に瞬間だった。不二くんは頬を引き寄せてわたしの唇を奪っていった。
離した時の顔がまた「え?何?僕何もしてないけど」みたいな顔で・・・えっと、不二くんって一体・・・


「それじゃ、さんは僕の彼女だね。嬉しいな、今日の帰り家においでよ」
「・・・」
「別に何もしないよ」
「!!」


何も言っていないのに、心を読まれてわたしはドキドキした。

でも、このドキドキは本当に心を読まれたせいかな・・・それとも・・・・・・見上げると、不二くんはまったく笑っていなかった。





(20180212)